「触れたものは必ず壊れる! ジャック・タチの直系が紡ぐキートン・リスペクトの恋愛ドタバタ劇。」恋する男(1962) じゃいさんの映画レビュー(感想・評価)
触れたものは必ず壊れる! ジャック・タチの直系が紡ぐキートン・リスペクトの恋愛ドタバタ劇。
ジャック・タチの弟子筋にあたるピエール・エテックスの回顧上映を、渋谷のイメージフォーラムでやっていて、クリスマスにまずは2本だけ観に行ってきた。もちろん、一人で!
僕はこの上映が始まるまで、エテックスについては何も知らなかったが、ジャック・タチの「絵の描ける人募集」という求人で馳せ参じて、まずは使い走りから身を起こし、『ぼくの伯父さん』他のポスターイラストを手掛けたあと、自らも脚本のジャン=クロード・カリエール(のちのブニュエル映画の常連脚本家)と組んで映画監督デビューを果たしたとのこと。
その一方で、終生現役のクラウン(道化師)として、サーカスの舞台に立ち続けた人でもあるらしい。
どうりで、コミカルなパントマイムをさらっとこなすわけだ。
エテックス作品はその後、権利関係の問題で上映することができなくなり、不当に忘れ去られていたが、ゴダール、リヴェット、カラックス、リンチら錚々たるメンバーによる署名活動により、2010年に裁判で勝訴し、デジタル・リマスター化が成され、再評価が進んだという。
ご本人が存命のうちに再評価が成され、栄光のうちに生涯を終えられたという意味では、彼が尊敬するバスター・キートンともかぶるところがある。
内容としては、思った以上に無声映画に寄ったつくりだと感じた。
キートンの名作群を、ジャック・タチののんびりしたノリを用いて、新たによみがえらせたような映画とでもいうのか。僕はあまり無声映画については観てきていないので、他の影響関係はよくわからないけど(パンフレット記載のいいをじゅんこ氏の解説がとてもよくまとまっていたように思う)。
ただ、キートンやチャップリンのような、観ているだけでビンビン伝わってくる驚異的な身体能力の凄さや、すべての動作がコレオグラフィのごとくピタッと「絵になって決まっている」感じは残念ながら薄く、個人的には全体として若干冗長で、ルーズなパントマイムにも感じられた。
映画の前半のノリが比較的退屈で、じれてしまった部分もある。
そのぶん、酔っ払いのぶっとんだ女が登場してからは、映画が生気を得てドタバタにもキレが生じたように感じた。ああいう賑やかしてくれるキャラが、やっぱりコメディには必要だ。
テレビを観て一目ぼれした歌手にハマりまくり、おっかけになってグッズやポスターを集めまくるが、男がいると知るやグッズをまとめて燃してしまうあたりなど、今のAKBファンや声優オタがやっていることがまるで変わらなくて笑う。
でも、こんなヒキニートのヤバいやつとくっついたら、相手の女性のほうがあまりに可哀想すぎるので、「基本的にうまくいかない」ほうが、ハッピーエンドのような気もしてくる。
ていうか、意外に彼のことを追いかけまわしていた変人女こそ、いちばん相性がよさそうにも思えるのだが(笑)。
あと、ある種の個性として、エテックスが「触ったものは必ず壊れてしまい」「それをまわりに(主に足元に)バンバン捨てていく」という流れが何度も繰り返されていたのは、ちょっと面白かった。
これは、本編上映の前に流れた監督デビュー短編の『破局』の時点から、すでに顕著な彼のギャグの傾向である(手紙を書こうとするが筆記具が壊れたり切手が貼れなかったりで、延々作業が進まない)。
もちろん、徹底的な破壊魔ぶりと傍迷惑ぶりというのは、エテックスに限らず無声映画のスターたち全般に共通する「基本属性」ではある。
だが、それでもつい応援したくなってしまうチャップリンとは異なり、なぜかエテックスの演じているキャラは、あまり応援する気になれないところがある(笑)。
そのへんなんとなく、彼の物に対する雑な「壊し方」や雑な「捨て方」とも関係があるのではないか、と思う次第。