26人のコミッサール
劇場公開日:1987年8月15日
解説
ロシア革命後のソ連のアゼルバイジャン共和国に実際に起こった戦いの映画化。知られざる名作として近年再評価されている作品で、監督・脚本はグルジア出身のニコライ・シェンゲラーヤ。共同監督にステバン・ケヴォルコフがあたり、共同脚本はアレクサンドル・ルジェシェスキー、撮影はエフゲニー・シュネイデルが担当。出演はK・ガザノフ、ババ・ザーデほか。日本版字幕は山田和夫。黒白、サイレント、スタンダード。
1932年製作/110分/ソ連
原題または英題:Dvadtsat Shest Komissarov
配給:ソ連邦映画人同盟=国際シネマ・ライブラリー
劇場公開日:1987年8月15日
ストーリー
一九一八年、カスピ海にのぞむアゼルバイジャンの都バクーのソビエト政権は、ドイツ・トルコ同盟軍の攻撃で危機に瀕していた。政権内部でも、「エス・エル」(社会革命党)をはじめ、レーニンの指導する「ボリシェヴィキ」党(のちの共産党)に対する諸派は、帝政ロシアの同盟国イギリスがイランから救援にやってくることを期待し、これに反対する「ボリシェヴィキ」党は孤立していた。コミッサール(政治委員)のシャウヤミン(K・ガサノフ)たちの努力にもかかわらず、ソビエトはイギリス軍招請を多数決で決議した。イギリス軍がバクー海路に到着しブルジョワ民族主義者による傀儡政権ができ、「ボリシェヴィキ」と労農赤軍は撤退する。しかしその途中、シャウヤミンら26人のコミッサールはイギリス軍に逮捕され、イギリスはバクーの油田を独占する野望を露骨化する。石油労働者の怒りが高まり、イギリス軍は武装弾圧にのり出す。そして、一九一八年九月二〇日未明、26人のコミッサールはバクー対岸のクラスノヴォーツクから二百キロ離れた砂漠で、イギリス軍の指揮により処刑された。バクーの労働者たちは蜂起しイギリス軍は撤退を余儀なくされ、傀儡政権はとり残されて壊滅する。殺されたコミッサールの名を書いた赤軍の装甲列車から、勝利の砲弾が帝国主義干渉軍と反革命軍の頭上へふりかかる。
スタッフ・キャスト
- 監督
- ニコライ・シェンゲラーヤ
- 共同監督
- ステバン・ケヴォルコフ
- 脚本
- アレクサンドル・ルジェシェスキー
- ニコライ・シェンゲラーヤ
- 製作
- アゼルキノ
- 撮影
- エフゲニー・シュネイデル
- 美術
- ヴィクトル・アデン
- 字幕
- 山田和夫