街の野獣(1950)のレビュー・感想・評価
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街の野獣
出世ばかりを夢見て、生き急ぐロンドンに住むアメリカ人のチンピラ(リチャード・ウィドマーク)がこの映画の主人公である。調子が良くて、狡賢くてまさしくウィドマークならではの持ち味が存分に発揮された好演で、非常に説得力に溢れている為、ぐいぐいと引き込まれてしまう。レスリングのプロモーターとして、闇の世界で、ロンドン中を牛耳ると言う一発大勝負を懸けた彼の計画も着々と進み、後一歩でその夢に手が届かんとするまさにその矢先に、誰もが予測し得なかった事故により突然終止符が打たれ、全てが一瞬の内に崩壊し消え失せてしまう。そしてその瞬間、この男が必然的に背負わなければならなくなった過酷な代償とは?
夜の世界で人を騙しつつ小さな悪事を繰り返しては、人々の恨みを買い続けて来た男。軽快な逃げ足と不敵な笑みで、長年人々をあしらい続けて来た男。そんな男の最期の逃走が始まる。
ふてぶてしいハイエナのような主人公の顔面からは次第にその笑みが消え失せ、やがて泣きながら逃げ惑う手負いの小動物のような憐れな表情を露呈させていく。主人公のこの二つの表情のコントラストが余りにも強烈で、観る者の体に突き刺さって来るような痛々しいリアリズムに満ちている。
元々ノワール度がかなり高い主人公が、地獄の淵に突き落される時、ノワール度は一気に何倍にも増幅することとなり、結果的には過去に観たフィルム・ノワール中のNo.1(ワースト1)とも言える堕ち様である。
もはや誰にも、かつては確かに愛していたこの男を、なんとか更正させようと必死に努力し続けるジーン・ティアニーにもどうすることも出来ず。
其処にはこの種の極めてダークで絶望的な世界において、唯一の精神的な救いとなる母性愛とも呼べる優しい女性の表情(「堕天使」のアリス・フェイ、「歩道の終わる所」のジーン・ティアニー等に代表される)すら見い出せず・・・いやそもそもこの映画においてはそんなことの存在すらが根本的に許されていないのだ。それ程までにこの作品からは、甘さが排除されており非情で厳しい。当時、非米活動委員会の追及を逃れ、英国に渡って本作を手掛けることになった監督ジュールス・ダッシンの心境をストレートに反映したリアリズムに満ちた傑作と言えよう。
流麗なカメラワーク、切れ味のある編集、作品同様に強烈なサウンドトラック等、どこにも非の打ち所が無い必見の名作だ。
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