「理性と恋心の狭間で揺れ動くジェニファー・ジョーンズの艶やかな演技と名曲が響き合う」慕情(1955) Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
理性と恋心の狭間で揺れ動くジェニファー・ジョーンズの艶やかな演技と名曲が響き合う
ベルギーと中国のハーフの女性医師ハン・スーインがイギリス人イアン・モリソンとの不倫関係を記した自伝を原作にした、1950年代ハリウッド映画を代表する恋愛映画。作品の出来は、残念ながら同年のデヴィット・リーンの「旅情」に遥かに及ばないものの、第二次世界大戦後のイギリス領香港の実状が垣間見られるところと、主演ジェニファー・ジョーンズの素晴らしい演技が貴重だ。スーインの娘を養女に変え、モリソンをアメリカ人特派員マーク・エリオットにした映画の設定から、ジョン・パトリックの脚本に見られる恋愛情緒を優先したストーリー構成は、二大スター共演のハリウッド映画の本流にある。サイレント映画時代から活躍するヘンリー・キング監督の熟練の演出と、その甘美さを体現して魅せるジョーンズの繊細で豊かな表現力。色鮮やかでタイトなチャイナドレスを着こなしたスタイルの美しさと、理性と恋心の狭間で揺れ動く女性心理の艶やかな感情表現が、まさに演技派スターの輝きを放つ。そして何より、サミー・フェイン作曲の主題歌”Love is a Many-Splendored Thing"(原題)が全編を覆い、ジョーンズの切ない女心と響き合う。対してウィリアム・ホールデンは、可もなく不可もなしの存在で印象が薄い。デ・シーカ監督の「終着駅」に次ぐジェニファー・ジョーンズの名演と音楽がすべての映画だと云えるだろう。
ただ今回46年振りに再見し改めて関心を持ったのは、中国国民党の将校だった夫を国共内戦で失い、愛する人を朝鮮戦争で奪われる戦争犠牲者ハン・スーインの過酷さである。父の故郷の重慶に住む親族は、大地主を窺わせる上流階級の生活様式を構えていて、スーインに中国人としての誇りを忘れないよう願っている。しかし、農地解放などの政策で貧しい農民の支持を受ける中国共産党が勝利し、未来は混沌としていた。そんな状況で朝鮮内乱が勃発、国共内戦ではアメリカの介入が混迷したが、ついに朝鮮半島で中国共産党軍とアメリカ軍が戦う羽目になる。戦後復興に国民一丸となった日本とは違い、犠牲者175万人の国共内戦と同300万人の朝鮮戦争が、その後70年経っても負の遺産として中国と朝鮮を今も苦しめ、国際問題の火種を抱えている。他国との戦争根絶以上に、国内の安寧が如何に大切かを教示するものだ。
劇中では、来世では性が変わるとエリオットに言われたハン・スーインが、(男にはならない、あなたに女の幸せを教わったもの)と答える。そんな甘い言葉を語れるように、”違う国には生まれたくない、幸せな人生を送れたこの国にまた生まれたい”と思えるような国にみんなが努力出来ればいいのだが。