鳥のレビュー・感想・評価
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永久不滅の動物パニックスリラー!
ヒッチコックの映像テクニックが凄すぎる。
合成が多いとはいえCGがまったく使われていない時代にこれだけの映像を良く作れたなと本当に感心する。
映画後半は恐怖シーン連続で観ている人は画面に釘付け状態になる事は間違い無い。
ティッピヘドレンが鳥に襲われるシーンはサイコのシャワーシーンを思わせてヒッチコックのサディスティックな変態性が爆発して映画の大きな見せ場になっている。
ラストの世紀末的な光景は数々の生き物を絶滅させてきた人間が自然の力により復讐される未来を暗示していて本当に怖いシーンだ。
まだ未見の方で恐怖、スリラー映画の好きな方には絶対にオススメ出来る映画です。
モンスターパニックの傑作
鳥が凶暴化し襲われる事になる町の住民の話。
なぜ鳥が凶暴化したのかの説明もなく、ただ襲われるという理不尽さがより怖さを引き立たせます。
最後も特に解決する事もなく主人公達が逃げるだけです。
今見ても新しい怖さ
怪奇SF
映画と無意識
2回目の鑑賞。前回から5年以上経つだろうか。その時は、単に鳥の恐ろしさ、自然の人間に対する不条理をよく描けた作品くらいに思った。今回までの間に、同じくヒッチコックの作品で「サイコ」を観ていたので、彼の映画における無意識への関心という点から、この「鳥」についても考察を進めることができた。
鳥たちが、一斉に人間を襲うという、この非現実的な不条理を、なせ映画のモチーフとしたのか。これは、漠然とした人間の不安。普段は意識されない、無意識の中に沈んでいる恐怖を象徴しているのではなかろうか。
ボデガ湾のレストランで、鳥類研究を趣味にしているという女性が、鳥が人間を理由なく襲うことなどないと科学的な知見を語るシーンがある。しかし、地球上に生息する全鳥類の個体数のその天文学的な数字に言及した彼女自身が、人類が鳥と戦い、これを滅ぼすことなど不可能なのだという空恐ろしい想像に身震いをする。「もし」という仮定が、現実なったらという恐怖の薄気味悪さを、彼女はここで感じている。
「サイコ」と同様に、主人公の女は自由奔放な性格で、何よりも男好きである。しかも、女が訪れる先の男は、彼の母親の強い支配を受けている好青年。母親の支配から自由になりたい気持ちをどこまで自覚しているのかは判らないが、母親の自分に対する評価にはひどく神経質だ。
一方の母親は、(「サイコ」では実は亡くなっているのだが)息子への愛情の強さを、その恋人と競い合い、最終的には敗北する自らの運命を恐れている。
こうした何となく抱いていた不安が、主人公の女の来訪によって、無意識のレベルから意識の上に現れてくる。これを象徴的な出来事として表現したのが、鳥たちの来襲なのではなかろうか。
ボデガ湾を車で脱出するラストシーン。鳥/恐怖で埋め尽くされた村を、意識を失った女を介抱しながら、男が家族を車に乗せて、ゆっくりと進み始める。静かに、そっと、鳥/恐怖を再び目覚めさせることのないように。
意識を失い無意識の世界に沈んだ女、自らの意識下の恐怖の実態に気付き始めた男とその母親。互いの無意識に潜む恐れを意識させぬように、閉じられた人間関係の中で、肩を寄せ合う姿こそ、現代の核家族の姿と、そこへ侵入することでしか新しい家庭を持つことのできない、現代女性を包む冷ややかな現実に他ならない。
自然界の動物が牙を剥く時はいつだって唐突
アルフレッド・ヒッチコックの1963年の作品。代表作の一つで、動物パニック映画の元祖。
ストーリーは単純、鳥が人を襲う。
前半は人間ドラマ?大人の恋愛ドラマ?…と思うほど淡々と進む。後半との対比がユニーク。
ちょいちょい鳥の存在を印象付け、不穏な雰囲気を煽る。特に、振り向いたらジャングルジムにカラスの大群は、結構恐ろしい。数羽の群れでその辺のゴミ捨て場を漁ってるだけでもいい気分しないというのに…。
そして後半は、何の前触れも無く、何の理由も無しに襲いかかる。
この何の理由も無しというのがゾクッとさせる。
自然界の動物が人間に牙を剥く時はいつだって唐突。理由なんて無いのが現実だ。
鳥に襲われる恐怖と、精神的に追い詰められていく脆さ。
スティーヴン・キング×フランク・ダラボンの「ミスト」は本作の影響を強く受けているのが分かる。
タイトルはたったの1ワード。
ヒッチコックは「タイトルは映画の顔。タイトルを見ただけで映画が分からないといけない」と語っていたが、これほど分かり易いタイトルは無い。
“鳥”だけでもタイトルになる。
鳥嫌いのヒッチコックが贈る、本当は怖い“鳥”。
何故これが名作なのか
総合:20点
ストーリー: 5
キャスト: 60
演出: 30
ビジュアル: 50
音楽: 5
ヒッチコックの代表作の1つと言われる作品。
しかし私には良さが理解できない。何故理由もなく昨日まで普通に暮らしていた鳥が特定の一地域において突然集団で人を襲いだすのか。しかもその鳥たちが人よりも強くて、次々に人を殺してしまう。さらにそれだけで飽き足らず、キツツキでもないのにくちばしで家をつついて破壊してまでして中の人を攻撃しようとする。窓硝子を割るほどに強く体当たりなどすればその鳥も死んでしまうかもしれないだろうに(現実には窓硝子に気が付かずにぶつかって事故死する鳥がよくいるらしい)、何故そこまでして人を襲いたがるのか。それなのに突然何事もなかったかのように日常に戻る。
何が言いたいのかまるでわからない。鳥がそこまでして人を襲う必然性も映画の中ではまったく触れられない。鳥をこれほどに理由もなく狂気の悪役にするのは何故?これが本当に名作でしょうか。そもそもカラスは例外として小鳥がそんな集団行動で襲撃をするような知能をもつわけがないし、古今東西で健康な大人を殺したという例も報告されていないし、仮に襲ってきたところで鳥ごときに殺されるなんてことも思えないし、だから恐怖感がない。せめて実行力のある鮫や宇宙人や怪物が襲ってくればまだわかるのだが。
公開された1960年代ならばもしかすると人が動物に襲われる狂気という衝撃や価値があったのかもしれないが、そんなわけでこの映画が当時だけでなくいまだに高く評価される理由が見つかりません。むしろ「裏窓」といった名作を残したヒッチコックの中で、相当な駄作なのでは。今まで共存していた鳥に理由もなく人が襲われるのに最後には理由もなく平和に戻るという物語は、私の見た中で映画史上最低級。映像の迫力も現代からすると質が低い。典型的なB級映画。
今週日比谷みゆき座で上映してます!
大自然の人間に対する復讐?
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