「アクロイド撮影監督の手腕にも注目。執念の映像。」キャプテン・フィリップス 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
アクロイド撮影監督の手腕にも注目。執念の映像。
ポール・グリーングラス監督は、襲撃から占拠、拘束、救出までをリアル感あふれるドキュメンタリータッチで描きだしました。事件勃発から解決まで、微塵も緩みを感じさせません。その間ここぞとばかり打ち鳴らされる効果音の使い方がも緊迫感を押し出して、上手いのです。その手法は『ボーン』シリーズと共通のものだと感じました。『ボーン』シリーズを振り返っても尋常ではない臨場感は、グリーングラス監督ならではでしょう。
トム・ハンクスの熱演もさることながら、対する海賊役の黒人たちもハンクスに役負けしない、目を血走らせて脅す悪役ぶり。そんな彼らは全員皆演技未体験ということをあとから知って驚ろきました。なかでも海賊の中でも英語が話せる船長のムセとフィリップスとの船長同士の心の探り合いの細密さが素晴らしかったです。
ハンクスの熱演のなかでも、圧巻はラストに魅せる感極まった言葉にならない恐怖感を滲ませるフィリップス船長の表情が凄い!ここぞという大熱演でした。
そしいて後半登場する米軍駆逐艦による軍事力、情報収集能力を前面に出しての救出劇は圧倒的。まさに今そこで、人質救出劇を目撃しているかのような気分に浸れました。
迫真の映像はバリー・アクロイド撮影監督の手腕に負うところでもあるようです。この人もドキュメンタリー志向が強い点でグリーングラス監督と共通しています。これから本作を見る人は、海賊たちがコンテナ船に乗り移るシーンに注目してほしいのです。広角から望遠レンズまで自在に使ったカメラのダイナミックな構図。時に海側から遠望するシーンや揺れ続ける救命艇のシーンでは、手持ちカメラが波に揺られても極限まで手ぶれを押さえた撮影法。あれってグリーングラス監督が船酔いしながらも、ぶれてなるものかとカメラをのぞきつけという執念の賜物なんです。「見える物は映る」されど…という監督の信念を感じました。そして何より、刻々変化する太陽の動きに合わせてコンテナ船の位置を変え、光源の角度を一定に保って船内撮影するなんて、凄いこだわりだと思います。
さらに救命艇を制圧する無灯火航海中の米駆逐艦が巨大な戦艦に見まがうほどの、圧倒的に見せつける存在感も凄かったです。海賊どももあれではヒビリまくるのは当然でしょう。
物語は2009年、オマーンからケニアに向かうアラバマ号にフィリップス船長が乗船するところから始まります。
海賊対策の訓練をやっている最中に、本当にソマリア人の海賊4人が乗ったボートが猛スピードで追尾。一度は振り切ったものの、再度襲撃してきた海賊は高ハシゴを用意して、アラバマ号に侵入し、操縦室の乗組員に銃を突きつけ、高額の金を要求します。
船長の指示で20人の乗組員は、船尾の機関室に隠れるものの、海賊たちは船内に隠れた他の乗組員を探し始めるのです。
前半は乗組員と海賊たちのの大型船内でのバトルがスリリングに展開しました。
後半は、乗員の身の安全と引き替えに人質となったフィリップス船長を交渉材料に、何とか身代金を奪おうと船長を乗せて救命艇でソマリアに向かう海賊らとの一触即発の状況が続きます。狭い艇内での息詰まるようなフィリップスと海賊とのやりとり、米海軍に包囲されいらだちを強くしていく海賊同士のいさかいなど、臨場感あふれる映像で全く飽きさせない展開でした。
やや疑問なのは、海賊対策の放水シーン。1箇所だけ放水の向きが違っていて、そこから易々と海賊たちが侵入してくるのですが、その直前に訓練していたのだから、どうして気づかなかったのでしょうね?
評価したいのは、襲撃から救出まで核心の部分にグッと濃縮して描いているところです。グタグダと後日談など上陸後の話を入れていません。ただ冒頭にワンカットで、フィリップス船長と妻の会話を挿入しているシーンは、円熟した夫婦関係を感じさせて、ラストのフィリップス船長の生還への強い思いにいい伏線に繋がりました。
印象的なのが、海賊の4人が犯行に及ぶまでを追ったシークエンス。実は彼らは、何度もアルカイダではないと主張しているように、テロリストでも根っからの海賊ではなく、小さな漁村を訪れたギャングにスカウトされた若い漁師だったのです。内戦続きで無政府状態となった結果、ソマリアの漁師たちは貧しさに追い詰められて、止むを得ず海賊になってしまったのです。そんな描写に、ソマリアの混乱が浮かび上がってきます。つまり悪の海賊と罪なき船長という単純な善悪ではないのです。
そんなちらりと見せる現代の世相を滲ませるところが、ジャーナリスト出身という経歴を持つ、グリーングラス監督ならではの演出ですね。
ついでにいえば、日本の船舶はソマリア沖でたぶん米軍のご厄介になっていることでしょう。本作見たら、自衛隊の海外派兵の必要性も強く感じるのではないでしょうか。