「アンバランスな世を憂う」キャプテン・フィリップス 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
アンバランスな世を憂う
2009年にソマリア沖で起きた、貨物船への海賊襲撃事件を、
ドキュメンタリックな作品にめっぽう強いポール・
グリーングラス監督が映画化。
さすがは監督。開幕から終幕までスリルが持続する、
一級のサスペンス映画でした。
* * *
貨物船が海賊に襲われたというニュースは時々聞くが、
実際にどんな形で襲撃を受けるのか、それに対して貨物船側で
どんなディフェンスが行われているかは全く知らなかった。
波を起こしたり水を撒いたり、あんなでっかい図体の船でも
ちゃんと対抗策はあるのね。
海賊に乗り込まれてからも、クルーを守ろうと瞬時の機転を
利かせるフィリップス船長の度胸に感心しきり。
クルー達も(最初こそ不満そうだったが)、船長の細かな
言葉の意図を理解し、一枚岩となって行動できるスキルがある。
グリーングラス監督お得意のドキュメンタリックな撮り方で
描かれる一進一退の攻防は、しばしば映画を観ている事を
忘れてしまうほどの臨場感と緊張感だ。
すぐに激昂する海賊たちを相手に、丸腰の船長が1分1秒でも
時間稼ぎをしようとする様子なんて心臓バクバクものだった。
* * *
それにしてもトム・ハンクス。
他のレビュアーさんも書かれている通り、ラストで彼が見せる
ショックと安堵と緊張がまぜこぜになった表情のリアルさは、
もはや演技とは思えないほど。
彼のようなスターを起用するだけでドキュメンタリー性が
薄れてしまうのは確かだが、彼はうまく『個』を消していたし、
最後のシーンだけ見ても起用は正解だったと僕には思えた。
他のキャストはキャスリン・キーナーを除いてほぼ無名の
方々だと思うが、誰も彼も全く映画のリアリティを崩さない。
なかでもやはり海賊のリーダー格・ムセの立ち居振舞いは、
鑑賞から1週間経った今も頭に残っている。
* * *
「心配するな、アイリッシュ。何もかもうまくいくさ」
ムセがフィリップスに向けて何度も口にしていた言葉。
あの若者は本当にそう信じていたんだろう。
自分たちは大金を手に入れて成功を手にし、フィリップスは
五体満足で解放。みんな無傷でそれぞれの生活に帰れると。
だが、若者たちが考えていたほどに事態はシンプルじゃなかった。
彼らはソマリアの元締めからすればただの捨て駒に過ぎないし、
彼らを追う米海軍との力の差はあまりにも圧倒的。
戦艦+海兵隊の精鋭に対し、手持ちは救命艇+ライフル銃数挺。
まるで巨象に爪を立てようとする子猫みたいなものだ。
最初はあんなに危険に見えたムセが、終盤で
海兵隊に取り囲まれた時、いかに小さく憐れに見えた事か。
彼なりのビジネスマンとしての流儀なのか、それとも怯える
人質への気遣いなのか、救命艇内では決してフィリップスに
銃口を向けなかったムセ。
世間知らずで凶暴なやり口に反して、彼の根っこには
何かもっと誇り高いものが流れていたように思えてならない。
もしも環境に恵まれていれば、彼は優しく聡明な男に
なれたんだろうか? そう考えると、どうにもやるせない。
「everythings gonna be okey(何もかもうまくいく)」
保護されたフィリップスが担ぎ込まれた救護室で、
看護に当たった女性がムセと全く同じ言葉を口にした瞬間、
フィリップスが表情をくしゃりと変化させたように思えた。
彼が『ムセの身を案じた』だなんてセンチメンタルな解釈は
しない。そんな気持ちの余裕があの瞬間の彼にあったとは
思えないから。けれど、その言葉で救命艇内でのムセの姿が
ふっと頭をよぎったんだろうと、そう考えている。
世の中って本当、悲しいくらいにアンバランス。
〈2013.12.01〉