「日常の向こうに見えるもの」ばななとグローブとジンベエザメ Nikita_Jさんの映画レビュー(感想・評価)
日常の向こうに見えるもの
父と息子、放恣と几帳面。生活態度は違えどそれぞれに日常がある。かたや片手運転の自転車でバナナを食べ、皮を川に放り投げる父。かたや毎朝きちんと包丁でバナナをカットして自分でジュースを作る息子。変わらない毎日にように見えるも、ある日突然そのバナナは路上でつぶされる…。
日常の描写を積み重ねてテーマを浮かび上がらせる手法は前作「ねこのひげ」から変わらない。
バナナが日常の象徴なら、グローブは「過去」?いや「愛情」だろうか。おそらくは沖縄に行く迄光司は殆ど忘れていたであろう、幸せだった過去に父と自分を繋いでいたグローブ。それが今も父の生活に生きていた事を知った光司の表情に胸をつかれる。
自らが父親となる為に不可欠だった光司の旅は、父・敦との関係においては遅すぎたかもしれない。けれども父の投げたボールは、15年を経てようやく息子にキャッチされる。記憶に埋もれたままにした過去の日常にも、大切な物はちゃんとある。そう気付いた時、光司は水槽ごしに父を見る。
曇りの無い笑顔の父。
その父の姿を、ひらひらと舞い上がるエイや魚達が隠す。夢のようなシーン。
回想シーンすら最低限に押さえた全編を通して、このシーンは唯一の「非日常」。ああ、それでは「ジンベエザメ」は、あの父の笑顔を届けてくれた、ニライカナイからの使者なのかもしれない。
予想外に涙腺をゆるませながら、そう思う事に決めた。
人生、都合良く全てに間に合うわけじゃないけれど。その不都合からすらひとは何かを受け取り、生かす事ができる。そんな人間の健気さを描き出す作品。
穏やかな河口恭吾さんの主題歌に寄り添われてのEND。
ワンシーンのみ出演の豪華脇役も含めて役者さんがたの芝居がとても良く(偉そうですみません)、ことにダメさと善良さが矛盾なく同居する主役・中原丈雄さんは必見。
説明過多映画に飽きているひとには、特におすすめ。