「アンダーソン監督の作り上げた箱庭世界に、ビッグスターも楽しく溶け込んでいるのが凄い作品。」ムーンライズ・キングダム 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
アンダーソン監督の作り上げた箱庭世界に、ビッグスターも楽しく溶け込んでいるのが凄い作品。
物語の舞台は1965年、米ニューイングランド沖の小さな島。ボーイスカウトのサムと家出をしたスージーは、秘密の場所を目指して駆け落ちします。大人たちを巻き込んで、島中の人々がふたりを捜しはじめるというのがメイン。
おかしいのにどこか切ないコメディを作り続けているウェス・アンダーソン監督作品。それだけに「小さな恋のメロディ」の変奏曲ともいえるような10代の男女の淡い恋の物語でも、アンダーソン監督の手にかかると、まるでお伽話の世界を覗いているかのようなメルヘンにしまいます。悪人なしで閉じる結末もじつに気持ちがいいし、そんなハートウォームな雰囲気を、出演者たち(実は、なにげにビッグスターが多数出演している)が童心に返って実に楽しそうに演じていて、見ている方も心地よくなります。
ともすれば、駆け落ちを巡るドタバタになり易いところを、ほどよくケレン味を押さえて、登場人物たちに感情移入してしまいやすい作品になりました。
最近こころがささくれている人にはぜひお勧めしたい作品です。きっと眠っていた豊かな情感がこみ上げてくることでしょう。
さて、お伽話みたいに見える仕掛けてとして、アンダーソン監督は様々な仕掛けが施されています。郷愁を誘う色調の映像、魅惑的な自然のロケーションもさることながら、人形の家のようなスージーの自宅、男の子的なものをぎゅっと集めたスカウトのキャンプ、つつましい島唯一の交番。次第に映画の舞台が箱庭みたいに見えてくるのです。
そして駆け落ちしたふたりが向かった小さな入江で、そこを「ムーンライズ・キングダム」と名づけ、愛の王国を営みはじめ場面は、まさに思春期のままごとの世界。初めてキスを交わすところや、スージーが胸を触らせようと導くところが、初々しいのです。
箱庭といってもチマチマしたものではありません。映画冒頭、耳に飛び込んでくるブリテンの「青少年のための管弦楽入門」のように、一つ一つ緻密に計算された映像が積み重なって、アンダーソン監督ならではの叙情に満ちたアンサンブルを奏でるのでした。それだけ登場する少年少女たちののロマンチックでみずみずしい心情描写も素晴らしかったのです。
しかし、周囲が二人を放っておくはずはなく、島をめぐる大いなる追っかけの果て、「ムーンライズ・キングダム」は見つけられてしまい、ふたりは別々に。ところがここで見せる、サムのボーイスカウト仲間たちの友情が素晴らしい!あれほど嫌っていたサムだったのに、でもやっぱり仲間の窮状はほっとけないと一致団結し、サムとスージーを引き合わせて、再び駆け落ちさせるのでした。
ふたりの捜索網は拡大し、隣の島のボーイスカウト本部を巻き込んだ大掛かりなものとなります。そこへ嵐がやってきて、島全体がパニックに。ここからの逃走劇は、なかなかハラハラさせる冒険劇に変わっていきました。
追っ手が迫るなか、嵐の海に命懸けで飛び込もうとするふたりを、シャープ警部が自分を信じてと止めます。そしてサムに放ったひと言には、そこまでこの孤独な少年のことを思っていたのかと胸が熱くなりましたねぇ。さすが「ここ数年で一番の演技」とアメリカで評判になっただけのことはあります。駆け落ちの顛末も凄く後味のいいものでした。
さて、本作はエドワード・ノートンが、あり得ないような冴えないボーイスカウト隊長を演じていたり、なかなか本人と気付かないほどイメチェンしてシャープ警部を演じたブルース・ウィリスが出ていたりと、さりげなく大物が出演しています。けれども彼等は個性を主張せず、アンダーソン監督の作り上げた世界に強調しているところが見事でした。それでいて、トップスターならでは演技力が物語にぐっと効いているのです。
2時間のお伽話は、短編に思えるほどあっと終わり、あれよという間にエンディングクレジットを迎えます。このエンディングロールは、なかなかデザインと音楽に凝っているのでた最後までお見逃しなく!