劇場公開日 2013年8月10日

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少年H : インタビュー

2013年8月8日更新
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水谷豊&伊藤蘭、満を持して“再会”し挑んだ「少年H」が果たす意義

俳優の水谷豊と妻で女優の伊藤蘭が、降旗康男監督作「少年H」で、1983~84年に放送されたドラマ「事件記者チャボ!」以来、約29年ぶりに共演すると発表されたのは、昨年3月8日。89年1月の結婚後、CMでの共演こそあったものの、初の夫婦役という形で実現した夢の共演にいたるまで、どのような経緯があったのか。互いに認め合う俳優同士として対峙した撮影時の様子も含め、ふたりに聞いた。(取材・文/編集部、写真/堀弥生)

少年H」は、妹尾河童氏が初めて手がけた自伝的長編小説として97年に発表され、累計売り上げは340万部を突破するミリオンセラーだ。刊行から15年以上が経った現在でも重版を続けている。戦争まっただ中の兵庫・神戸を舞台に、H(エッチ)と呼ばれる好奇心と正義感が人一倍おう盛な少年・妹尾肇が巻き起こす、愛と笑いと勇気の物語。映画ではHではなく、水谷演じる洋服屋の父親・盛夫が主人公という設定に置き換えられて描かれている。

水谷は、久々の共演について「『事件記者チャボ!』以来ですねえ。29年ぶりに仕事をしたというのなら、またいろいろなことを感じたのかもしれません。ただ、日々見てきているのでね(笑)。蘭さんの舞台も大体見ていますから」と振り返る。

そもそも、出演オファーは水谷のもとへ先に入っていた。原作を読み終えて懸念したのは、「神戸弁です。僕は西の言葉で芝居をしたことがない。東京の人が西の言葉で芝居をして、ちゃんと出来ていないことほど気持ちの悪いものはないと西の人がおっしゃるものだから、出来るだけ避けてきたんです」と明かす。そして「僕が仮にこの役をやらなかったとしても、敏子は蘭さんがいいなと思ったんです。プロデューサーとも意見が一致した。でも、僕から蘭さんにオファーをするわけにはいかないですよね」と丁寧な口調で説明する。

水谷に出来たことは、「蘭さんに原作を読んでもらうこと。蘭さんは、原作の妹尾河童さんがフジテレビの美術デザイナーをしていたときに一緒に仕事をしているから、きっかけとして『面白いから読んでみて』と薦めることができたんです」。一方の伊藤は、「これまでも豊さんからいいなと思う本や映画を薦めてくれることがあったので、今回もそういう感じなんだろうと最初は思いました。でも、今回はなんとなく……。はっきりとは言わないし、正式なルートでもないからよく分からなくて(笑)。それらしいことは言うんだけど、はっきりとしたことが伝わってこなかっただけに、私にとっては予想外でしたね、家庭内オファーは(笑)。本当に私でいいの? と何度も確認してしまいました」と述懐した。

横で大笑いしていた水谷が、「最初に口火を切ったのは河童さんだったんですよ」と補足する。水谷夫妻、妹尾夫妻とで食事をする機会があったそうで、会話を楽しむなかで「少年H」が話題に挙がったという。「蘭さんが河童さんに『ところで敏子はどなたがやられるんですか?』と聞いたんですよ。そうしたら、『あなただよ』と。ああ、言っちゃった……と思いましたね。いずれはプロデューサーからオファーが届くのだけれど、知られてしまったので、蘭さんに『できれば僕の還暦のお祝いに出てくれると嬉しいんだけど』と話したんです」。

こうして役者はそろった。メガホンをとる降旗監督は、水谷にとってドラマ「赤い激流」以来36年ぶり。日本映画界きっての名匠を「大きな船の船長」と表現する水谷の表情は、どこまでも穏やかだ。「細かいことはおっしゃらないんですよ。でも、監督がどちらへ行こうとしているのかが分かるんですね。これは『赤い』シリーズをやったときもそうだったんです。今回もやはりそうでしたね。あの時よりも船は大きくなっていましたが(笑)」。

降旗監督とは初タッグとなる伊藤も、この発言に同調する。「とても静かな方なのですが、スタッフさんたちや俳優さんたちからの求心力があるんですね。皆さんが監督を大好きだという気持ちが現場に立ち込めていて、そのエネルギーのようなものに見守られている感じでお芝居ができたので、すごく素敵な監督だなと感じました。ご一緒できて嬉しかったですね」。

劇中、水谷演じる盛夫は、Hこと長男の肇(吉岡竜輝くん)、長女の好子(花田優里音ちゃん)に対し、優しい眼差(まなざ)しを注ぎ続ける。戦局が悪化するなか自由な発言をしづらい時代へと突入するなか、自分の目で見て頭で考え、自分の言葉で語ることの大切さを説いていく。伊藤扮する母・敏子も、どんな苦境におかれても夫を信じ、子どもたちを慈しむ“大和撫子”ぶりを体現してみせた。

完成した本編を見れば、ふたりが夫婦としてではなく、俳優として真正面からぶつかり合っていることは容易に見て取れる。それもそのはず、水谷は「撮影前は共演シーンがあるというとき、もしかしたら家でリハーサルをしたりするのかなと思っていたのですが、一度も読み合わせのようなことはしなかったんです。現場でやるだけ。発見でしたねえ」と打ち明ける。

さらに、「僕は蘭さんが『こういう風にやってくるんじゃないか』とイメージで脚本を読んでいるのですが、それよりもはるかにいいんですね。蘭さんにしか思いつかない世界があるんですよ」と全幅の信頼を寄せる。伊藤の方は、「ストーリーが進んでいくなかで終戦を迎え、生活が質素になっていくなかで、盛夫さんが痩せていくということもあり、豊さんも体重を落としていったんです。苦しいはずなのに、それさえも嬉々としてやっていて、本当に面白い人だなあ……と思いながら見ていましたね」と新たな発見があったと話した。

ふとした瞬間に互いを見やる姿を目の当たりにし、一俳優として相手を敬っている姿は、撮影現場しかり、インタビュー会場しかり、周囲の空気を自然と和ませる不思議な力がある。昨年5月に茨城のワープステーション江戸での撮影中、報道陣向けに行われた会見で、伊藤は「当初は結婚そのものの喜びと同時に、もう一緒に仕事ができなくなるんだな……という残念な気持ちもあった」と告白していただけに、“同志”への思いはひとしおだ。

水谷は、「共演は一生に1回あるかないか。なくても自然なことだし、あればすごいことだと思っていました。なんとも言えない気持ちですね。撮影では、自分たちが夫婦であることすら忘れていましたから。控え室も別々で、家から撮影所へ向かう車も別々でしたしね。まあ、入り時間が違うだけなんですけど(笑)」と冗談を交えながら照れ隠し。後を引き受けた伊藤は、「盛夫さんとHが自宅二階で語り合う場面などを見ていると、役者として圧倒されるものがありました。ふだんあまり言わないので、こういう場をかりて言わせていただきます。感動しました」と“直球勝負”で称えた。

今後、さらなる共演があるのかも気になるところだが、ふたりが「少年H」に注力した功績は大きい。水谷は、「僕はもし60歳まで俳優を続けられたら……という前提のもと、60歳から何かが始まると思ってやってきたんです。その最初が『少年H』ということになるんだと思う。もちろん『相棒』は続いていくわけだけれども、今作をやったことで自分にとって何かが始まることになると実感していますね」と、どこまでも真摯な眼差(まなざ)しで語った。

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