劇場公開日 2013年3月16日

プラチナデータ : インタビュー

2013年3月15日更新
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日本ならではの逃亡劇を追求した大友啓史監督×豊川悦司

ベストセラー作家・東野圭吾の傑作ミステリーを、大友啓史監督が二宮和也、豊川悦司を迎えて映画化した「プラチナデータ」。国民の個人情報であるDNAデータが管理され、犯罪検挙率100%が実現しようとしている近未来の日本を舞台に、DNA捜査システムを開発した科学者本人が、身に覚えのない殺人事件の容疑者となる。この複雑で謎めいた物語を、疾走感あふれるエンタテインメント大作に仕立て上げた大友監督、DNA捜査に疑問を持ち蓄積した経験をもとに事件を追う主任警部補・浅間を演じた豊川に話を聞いた。(取材・文/本間綾香 写真/本城典子)

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網の目のように張りめぐらされる監視カメラに行く手をはばまれつつ、姿を隠そうとする主人公には、実はもうひとつの人格があった――。逃亡劇はハリウッド映画の定番といってもいいジャンルだが、「プラチナデータ」が興味深いのは、逃亡者が二重人格者であるという設定だ。DNAのデータ解析に絶対的自信を持つ天才科学者・神楽(二宮)は、自身が容疑をかけられた殺人事件の真実を探るうちに、コントロールしていたはずの別人格・リュウが顔をのぞかせる。

大友「逃亡劇ってそもそも単純な構造ですよね。ハリウッド映画であれば、逃げ切る直前、最終的にはアメリカという広大な自然が逃亡の味方になってくれるし、追う側と追われる側のアクションのダイナミズム・スケール感だけで、映画的に観客を楽しませることができる。でも、狭い日本で逃亡劇を描くとなると、逃げ切るための仕掛けをより精密に構築しなきゃいけない。さらにこの映画の場合、主人公は2つの人格を持っていて、追う側がそのことに気づき始めるというプロセスがあります。だから、僕らはハリウッド映画よりももう少し繊細に、ディテールを作り込んでいこうという意識がありました。ただ逃げるだけでなく、自分の過去を追い求めながら逃げている神楽。ただ追うのではなく、DNAが人間の全てではないという自身の考えを確認するために追っている浅間。この2人の感情を、アクションだけでごまかさず丁寧に拾うことを意識しましたね」

“心はいったいどこにあるのか?”という哲学的なテーマをはらむ本作。豊川演じる主任警部補・浅間は、神楽を追う立場から、彼のなかにあるリュウの存在をつかみ、神楽/リュウの理解者という立場へ移り変わっていく。

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豊川「浅間は、神楽が所属する特解研(特殊解析研究所)の前で彼と初めて顔を合わせますが、そこが僕と二宮くんが初めて一緒に撮影したシーンなんです。これがお互いにとってすごくよかったと、二宮くんとも話していたんですよね。初対面で神楽と浅間が腹を探り合うように、二宮くんと僕も芝居の雰囲気をつかむことが出来て、その後のシーンがすごくやりやすくなりましたから。僕たちが共演している場面は、たいていが2人のヒソヒソ話なんですよ。なにしろ会話の内容がDNAですから。でもそれをすごくダイナミックなフォルムで包んでいて、とても映画らしいスケール感が生まれているんですよね」

データ至上主義の警察組織のなかで、浅間は動物的感覚を研ぎすませているやや浮いた存在。しかし、人とは本来それが普通の姿なのではと語る。

豊川「科学や知識が発達すると、人はいかにリスクを回避するかに考えをめぐらせて、どんどん鎧を被っていくけれど、そもそも人間はもっと無防備なものだったんじゃないか。浅間にはそういう生っぽさがあっていいかなと思いました。冷静に考えれば、敵は浅間が勝てる相手じゃないのに、それでも彼はどうにかしようとしている。それはDNA解析システムそのものへの執着というよりも、神楽という人間への興味から動いているんです。だから、浅間はただ神楽という人間の内側に向かっていけばいいと思っていました」

大友「豊川さんが浅間を演じると、暴力的で野性的でそれでいて優雅で、物語が進むにつれて、映画全体がどんどん原初的イメージに戻っていく。余計なものが削がれていくっていうか。本質だけがさらけ出されていく感じがするんですよね。僕の主観ですけれども、クリント・イーストウッド演じる徒手空拳な孤高のヒーロー、ダーティハリーみたいな。奥深い人間味も含めて、そんな空気をまとっている感じがしました」

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逃げる神楽と追う浅間の感情が交錯し、大きく揺れ動いていくさまに加え、目を奪われるのが犯罪者追跡モニターやDNA認証装置といったプロダクションデザインだ。入念なリサーチによって準備されたそれは、トム・クルーズ主演のSF大作「マイノリティ・リポート」を彷彿(ほうふつ)させるが、「プラチナデータ」はより現実味が濃く、数年先には訪れるかもしれない不穏な未来を予感させる。

大友「やっぱりね、題材的にたぶん『マイノリティ・リポート』なんかと比較されちゃうとは思っていたんですよね。でも一方で、日本映画の環境の中でビッグバジェットのハリウッドに劣らぬ作品をつくるため、何をいちばん重視すべきか。その視点が問われるなと思っていて。とにかく、一点突破を常に意識しなければいけないと思うんですね。そう考えたときに、やはり特解研が勝負どころだと思いました。透過型の巨大モニターに映るDNAデータを後処理でCG合成するのではなく、精度の高いCG映像を事前に作り、そこに立つ役者に実際に見せたかったんです。それができれば、浅間が神楽に丸裸にされる、神楽が殺人犯としての自分を目の当たりにする際、想像ではなく生身の体で反応する芝居になると思ったから。僕にとっては、反射する俳優たちの芝居が最大の武器。個人情報の究極であるDNAデータが管理されているという、その言いようのない不気味さを、いかに伝えるか心を砕いたわけです。だから、『マイノリティ・リポート』と比べられてもね。一応、ちゃんと敵を研究しながら(笑)、できる最大限のことをやっていますから。原作にも通ずる、管理社会の不気味さというか、そんな時代に生きる薄気味悪さが、エンタテインメントの中でなんとなく伝わればいいなと思っています」

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