「レファレンスの、誘惑」ヘルタースケルター ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)
レファレンスの、誘惑
「さくらん」で、その独自の色彩感覚と人間描写に高い注目を集めた蜷川実花監督が、「クローズド・ノート」の沢尻エリカを主演に迎えて描く、一人の女性が辿る栄光と、挫折の物語。
カメラの業界を内側から覗いていると、毎日が驚きの連続である。コンビニで売っているような、ごくありふれた鮭おにぎり。その見慣れた一品に、白のレフ板と呼ばれる反射板を当て、ライトを当てる。
その瞬間に、ノリは柔らかい輝きを放ち、艶を持ち、どこかの一流店でみられるような「おしゃれ」おにぎりへと変貌を遂げる。うまそう・・つばがでる。でも、レフ板を外した瞬間、それは再び「いつもの」おにぎりへと戻っていく。
変化は決して奇跡ではない。ちょっとしたはずみで、輝きはモノに、人にまとわりつく。
この物語は、芸能界という一つの特殊な世界に身を置く一人の女性の顛末をテーマに描かれている。「全身整形という奇抜な環境の中で朽ちていく人間の悲しみ」この視点だけで本作と向き合うと
「はあ・・・芸能界って、大変なのね。まあ、沢尻はきれいだったから良かった良かった。帰りにハンバーガーでも買って帰ろっと」
で終わってしまう。だが、「整形」という究極の美容手段を「化粧」なり「ダイエット」という身近な美容に結び付ければまた、話は別である。
初めてつけた、赤い口紅。一枚のレフ板のお陰で突然輝いた自分。「私・・きれい」そう思った瞬間に、人はそのレフ板を手放せなくなる。変化した姿を「いつもの」私に戻したくない。口紅一つとっても、本作で主人公がたどる絶望、疑惑、転落への入口は大きく口を開けて私達を手招く。
いつもの派手派手しい色彩感覚を撒き散らす蜷川演出に注目が集まる本作だが、実のところ物語の軸を支える力強さは、現代の空虚感、空っぽな違和感を時代に寄り添う言葉で描き切る俊英、金子ありさの脚本がもつ力にある。奇抜な設定を活かしながら、美へ執着という観点でするりと観客への鋭い批判と忠告を挟み込み、娯楽へと昇華する。流石の職人技といえる才気を感じる一本だ。
男もにやつくエロ描写もふんだんに盛り込みながら、深夜やら早朝やら、ウェブやらでぶちまける「あなたも、変われる!」テロップに対して、「・・変わった後は?」と静かに自問自答する賢さが身に付きそう。レファレンス(反射)板の誘惑は、他人事ではない。
「変わったのは分かったわ・・・どこまで変わるつもり?」そんな意見を友人に言える貴方を作ってくれる作品では、なかろうか。興味深い作品である。