シン・エヴァンゲリオン劇場版のレビュー・感想・評価
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終わってしまった
ここまで綺麗に風呂敷を畳めれるとは思いもしなかった。
エヴァは本当に終わってしまったんだなとしみじみ思う。スッキリしすぎて恐ろしいぐらい、今までのエヴァではあり得ない開放感。
やはり、アニメ版と新劇場版の違いは庵野監督の心の成長だったんだなと、安野モヨコさんとの出会いで変わったんでしょう。良いヒトと出会うとヒトはここまで変わるものかと。ヒトとのふれあいによる暖かみというものが改めて実感できる作品。
私はまだ20代、この終わりを観るにはまだ早過ぎた、そんな風に思える。エヴァは終わらないでほしいと心の何処かで思ってるのがその証拠なのだろう。
オンエア当時に10代だった人がとても羨ましい。その時代に生きた人が一番この作品を楽しめたのでないかな。
表現方法について。エヴァQであの津波シーンやりたかったんだろうな。ちょうど震災あったから延期になったのと予想。後、予告の初号機と第13号機が戦うシーンのCGが変に作り物臭かったのは、特撮の表現をしたかったのね。凄いニヤッとしてしまった。
話は変えますが、マジで庵野さんはもうアニメ作んないんですかね?見終わったら、そう思えてしまって、不安で不安でしょうがないんですけど!俺もっと庵野作品見たいよ。シン・ウルトラマンも楽しみだけど、もっとアニメも見たいよ!!!!
追記 2号機のあのビーストモードってやっぱもののけ姫リスペクトなんですかね?もしかして鈴木Pとのタッグもあり得るのか....??
追追記 2回目を見てきました。
やっと卒業できたかも、赤い海でのシンジのアスカへの告白シーンからずーっと泣いてしまいました。
みんな大人になっちゃったんだな。アスカ幸せになって。
世紀の駄作凡作?結局、自分で拡げた伏線を回収できないまま・・
表題はこんなだが、庵野監督をはじめとする制作陣の皆さんには、声を大にして『ありがとうございました!』と言いたいスね。
ムンクの『叫び』の原画には『こんな絵を書く奴はきっと頭がおかしいんだろう・・』て落書きが、消されずにそのまま書いてあるそうな。
テレビシリーズも。
劇場版も。
そして?
新劇場版も?
庵野監督自身の頭の中を、まだ具現化出来ていないのだろう?
荒唐無稽の支離滅裂、まさにムンクの叫びで?
こんな映画を作る奴はきっと頭がおかしいんだろうな、とは思うし思ってる。
*特に後半一時間なんか、何かしらの精神汚染?疾患?性を感じる。
でも?
日本の明治大正の文豪も?
世界の絵描きも?
天才て?こんなんでしょう?こんなもんでしょう?
何がしたかったのか?
何を伝えたかったのか?
テレビシリーズでも?
劇詩版でも?
リビルト版でも?
サッパリ分からない。
俺の三時間と、お金を返して欲しい。
ーーーーー
でもね?良いと思うの。。。
精神的に追い詰められながら、何とかゴールまで駆け抜けた、とりあえずの句読点を付けてくれた庵野監督には、ガチ大感謝!
黒澤監督の大ファンで、晩年の何作品かをサッパリ理解出来なかった爆問の太田さんは自分に言い聞かせたそうな?
『あ、俺の映画鑑賞レベルが黒澤監督作品に、まだ追い付いて無いんだな?』と。
そう、だから言いたいの。
俺の何年間かのエヴァレベルが、まだ庵野監督に追いついてないんだな?と。
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スターウォーズ の⑦⑧⑨は大凡作の悪作に思う。
でも?中止せずにちゃんと完走してくれたディズニーには、礼を言いたい。
エヴァQから九年。
良くぞ、この大作を諦めずに完走してくれました。
何がしたかったのか?
何を伝えたかったのか?
人類補完計画とは(具体的に)何だったのか?!
もう一回見たい度】☆0
二時間半は長い度】☆⑤
エンドロール十分以上は長い度】☆⑤
マリの声の坂本真綾さんが好き過ぎる度】☆④
アスカどんだけ脱ぐねん!度】☆④
何度でも言う。
ありがとう!庵野監督にカラー(やガイナックス)。
細野監督や米林監督や新海監督らと共に。
プロダクションIGやUFOテーブルやMAPPAも。
是非に、日本のアニメを引っ張っていかれて下さい!
お金使って応援します(`_´)ゞ
ーーーーー
最後に、庵野監督のリビルド制作時の言葉を借りて一言。。。
『今時?エヴァか?今更?エヴァか?て声も分かりますが?
この何年か?でエヴァを超える作品が無いのも事実です。
・・リビルドをする意義は有る、と思いました!』
卒業おめでとう。
アスカの相手がケンスケでよかった。シンジの相手がマリでよかった。過去を精算し、母からも自立して、マリと結ばれた。みんなリアルで幸せに暮らしている事だろう。よかった。
家に帰っても涙が溢れてくる。理由が明確にはわからない。
良くも悪くもエヴァ卒業。25年間楽しめました。
これは淡々と肯定したレビュー
前作Qから8年。遂にエヴァンゲリオン新劇場版が完結する。
広げに広げた風呂敷をどう畳むのかといった点において、若干の不安を抱いていたが、それは杞憂であった。
そもそも、細かい設定やギミックなどある意味どうでもいいのである。
最初のエヴァンゲリオンから一貫して描いているのは人と人との関わり、繋がりなのだから。
中盤に至るまで陰々滅々としたシンジと、終盤のメタ的演出、剥き出しの絵コンテなどにどこかテレビ版の狂気をリフレインさせつつ、描かれているのは当時とは全く違うポジティブなものである。
25年も経てば観る側も作る側もそりゃあ変化する。成長もする。
本作はエンターテイメントとして観て手放しで面白い!という作品ではないが、明確なメッセージが込められた「映画」であり、25年の歳月を経て庵野監督が得た到達点である。
ありがとう、そしてさようならエヴァンゲリオン。
素直にそう思う。
リリンの王、庵野秀明
20世紀末から始まり、常にアニメ、エンタメのトップを走り続けてきたエヴァが、ついにその長い物語に幕を引いた。「四半世紀ありがとう」この「シン・」を観てまず抱いた感想がそれだ。大作のラストに相応しい大団円、このとてつもなく巨大な作品のラストを、ここまで出来ればほぼ満点ではなかろうか。
長い間待たされたと感じた新劇も、振り返れば「エヴァが続いていた」と同義であり、私たちは終わらないエヴァと共に25年間、歩んで来れたのだ。
しかしいよいよ私たちは本作をもって、エヴァを捨て、エヴァから脱却しなければならなくなった。これは作中のシンジと同じであり庵野監督の回答である。
賛否両論だったQが、いかに計算され尽くした超大作であったか、本作を観てどれほどの人が気付けたであろうか。時間も金も掛けた序破Qが迷走する訳が無く、新劇版のみならず、TV版、旧劇、コミックス、全てを包括して決着をつけた庵野監督こそ天才であり、彼こそリリンの王であると言える。
自分はQを劇場、円盤合わせて30回以上は観たのだが、このシン・が公開される迄の長い間、Qをスルメイカの様に咀嚼して楽しむ事が出来た。Qはこのシン・に繋げるために必要かつ大変良くできた作品である。
今回のシン・も、同様に掘り下げ甲斐のある濃密な作りである事は、観た方ならご存知の通りである。
いったい何度観たら理解出来るのか?ノーランの大作「TENET」は、理解出来ない部分が脚本や物語の運びであった為、観客はストレスが溜まる一方であった。
一方で、起こった事象が理解できなくても見ていて十分面白いのがエヴァである。観客はシンジの目線で何も分からない所から始まるので、正にシンジとシンクロする。あとは、分れば分かる程面白さが加速する作りなのだ。
序破Q同様、日本の、いや世界のアニメのトップクラス映像と音楽を味わう事が出来るのは、今のところエヴァを置いて他にない。先般公開の某人気アニメ映画も物語として泣けたのは事実だが、そもそも立ち位置が、次元が違う。
線の一本、ドット一粒に至るまで、渾身の迫力が、庵野監督を始めとするスタッフ達の拘りと25年の魂が、宿っている。緻密な計算、妥協を許さないそのスタンスが、この極上アニメーションの完成度に現れている。エヴァが好きかどうかは別にして、時代の立会人として劇場は勿論、是非IMAXで鑑賞したいところ。
具体的な物語の内容は、ここに書いても何ら語れないので割愛するが、この物語の凄いところは、25年という歳月を経て我々の人生にも影響を与えてしまった問題作であるという所だ。既に我々の心の中にエヴァがあり、綾波が居て、我々の一部を形成し、我々の心を鏡写しにしてきた。そんな僕らに庵野監督は言う。「もうエヴァから旅立て」と。
終盤、レイやアスカとの会話によって決着をつけるシンジ。彼らの心の拠り所にエヴァは不要なのだ。エヴァのない世界…我々観客の生きるこの現実世界。
過去とも現在とも判断のつかない実写風景を走る、成人したシンジとマリで物語は終わる。まるで一般人の様にチルドレン達が会話している。このラストは、エヴァの存在しなかった我々の世界かも知れない。
すごくよかった
ずっと見てきてよかった
ネタバレってほどではないかもですが
察しがいい人は気づいてしまうので、、、
東京ラブストーリーを観た後の感じと似てる後味
大人になるお話
私見でしかないですが
一見、複雑な仕掛けや舞台装置、
伏線めいたものや暗喩的表現は
映画やアニメ、特撮が好きな人を喜ばせるものですが
そこに大きな意味はなく(演出的な意味はあるものの)
あくまで娯楽作品であり
ごくごく簡単なことを核に
素晴らしいスタッフが制作した
素敵な作品でした
現実であり、夢
夢であり、現実
ビューティフルドリーマー
マイナス宇宙やゴルゴダオブジェクト云々は
ウルトラマンAでしたね
松任谷由実さんのVoyager、
宮崎駿監督のひこうきぐもと同じように
心に沁みました
さよならジュピターの主題歌だったから使われたのかもですが、実にぴったりな選曲だと思います
ありがとうございました
追記:
新劇を全て見た後、
旧劇を見直すと色々と気付かされます
世界観設定もそうなのですが
メッセージ部分のところで特に
監督が伝えたいことは変わってない
そう思いました
男はガキ、過去に執着、考えが固定的になりがち、理由を求めがちなのかもですね
鑑賞2回目、、カップリングのところ
どうにでも解釈できるし
あの程度で、できてるできてないってのは
すごく幼い解釈で、そう思った自分が恥ずかしい
庵野監督、キャスト、スタッフ皆さん
25年間お疲れ様でした!
とまず言いたい。
リアルタイムでTV版見ていたおじさんの自分にとっては納得が行く内容でした。
ただコアなファンな方々から見たら納得いかない部分もあるだろうなと思います。
そこはネタバレになるからふせときますが。
ただ一つだけ言えるのはシンジの心の成長が見れたのは嬉しかった。
わからないけどありがとう
エヴァはエヴァなので、原作やアニメの結末を知ってても考察を読んでも考えてもわからないものはわかりません...見る前から多分なにこれわからない...ってなるんだろうなって思ってました...
わからない...ただ...ありがとう...それだけです...
満足!MX4Dを選択肢に!!
古くからの友人のようであり、新しい神話
1995年のオリジナルシリーズの第一話の衝撃から、興奮や失望を繰り返し、ようやくフィナーレを迎えたエヴァンゲリオン。
真のエンディングが待ち遠しかったし、本当に終われるのか不安もあったが、いざ迎えてみると見事な終幕に感動よりも寂しさのほうが勝っていた。
青春時代を一緒に過ごした友人がいなくなるような不思議な寂しさ
凡人の自分には内容はぼんやりとしかわからなかったが、それでも引き込まれる戦闘、展開、緩急が目まぐるしい庵野監督のシナリオに振り回されて感情も頭もめちゃくちゃになった。
だが、総括にふさわしい終わりだと思えたし、なにか凄いものを観てしまったと感じた。
キャラがかわいいとか、エヴァがかっこいいとか、表面的でキャッチーな入口から一歩踏み込むと、底が深すぎて、とても真理が理解できないほどの内容に引き込まれたこの作品と、同じ時代に生まれてよかったと思う。
新しい神話を初めて見たような、そんな感覚
神。全てのエヴァにありがとう。さようなら。
庵野秀明の星の王子様
テレビアニメシリーズから26年
エヴァの呪いにかけられた
我々チルドレンたちを現実へと還す作品。
庵野の最後のフィフスインパクトは
劇中劇であることを直接的に暗示する。
順を追ってキャラクターを弔うシンジ
あとは君だけだと告げるカット割は
明らかに我々に向けてのセリフではないか。
Qで観客とシンジを同じ状況に置き
感情移入の対象とさせたことから
今作の導入は非常にスムーズだった。
最初はシンジと同じ目線で感情移入していた我々も
最後は子を持つ親の気持ちでシンジを見ていたのではないだろうか?
自分だけじゃなく、他人の弱さをも受け入れることで
限りなく人を愛するということに気づいたシンジ。
ここで観客の体現としてエヴァの呪いを浄化される役目は
父親のゲンドウにスイッチする。
この辺りのヒッチコックよろしくばりの古典的な
映画手法を使って次第にアニメ的表現を逆手に取った
演出の数々で我々の呪いを浄化していった。
この作品の根底にあるのは庵野秀明自身の成長ではないだろうか
彼自身が心の闇を全て晒したテレビアニメシリーズから
エヴァの呪いを撒き散らし、それに縛られてきた人生の中で
もがき苦しみながらも支えてくれる人々(風立ちぬの宮崎駿や、安モヨコ)の出会いから温かみを知ったように思う。
その温かさを持って自分のケジメ、シンジが言うには落し前をつけたのだろう。
いい意味で今後エヴァが昔よりも語られることは
なくなるのではないだろうか
考察のようなブログも、書籍も時代とともに
なくなっていくだろう
エヴァの呪いの浄化、それが庵野秀明の望みだろう
しかし浄化とともに我々に新たな呪いをかけた
それは「君たちも今を生きよう」と言うこと
いつまでもアニメを見ていないで
現実の世界と言う最も劇的な世界で生きていけと
そして庵野秀明はエヴァから去る
でも大丈夫、これは悲しいことではない
いつまでもエヴァは心の中に残っている
冒頭とエンディングの真っ暗闇の中に光る星星は
星の王子様が最後に旅立つ前に主人公に告げる台詞の
再現ではないだろうか。
長々と書き連ねたが
私が今後エヴァを見返すことは無いだろう
現実をしっかりと生きていかねばならないから
それでも挫けそうな時、きっと日常の中に
シンジとマリの姿を思い浮かべてしまうだろう
それで良いと思っている
そうして時々思い出せるのならそれでいいのだから
サヨナラ、エヴァンゲリオン
自分はこの劇場版が始まった時はリメイクなのかな?っと思っていました、ですが見ていくうちにテレビ版とは細かく違うところがあることに気づき渚カヲルが出てきた棺を見てあ、コレはループしてるんだっと思いました。そしてQに入り話が変わってきた事で思ったのが碇シンジは庵野監督自身なのかな?っと思うようになりました監督自身、作品の終わり方についてはテレビ版、旧劇場版まごころを君にでは散々叩かれていたのを記憶にあったしその後のインタビューやシンゴジラの時にも述べていたので今回の劇場版は庵野監督のリベンジなのでは?と思いました。
昔のシンジは父親からも周りからも逃げていた自分の殻に篭っていてそれによって何度も何度もひどい世界を見て、カヲルが今度こそ君を幸せにっと言うほどそしてあの開け放たれた棺の数ループしていたなか、今まで流されるだけだったシンジが己が罪を認め逃げずに、そして苦手だった父とも向き合う事で過去に無かったエンディングにエヴァンゲリオンの無い世界へと旅立つ事が出来た。
それによりシンジもレイもアスカも、そしてトウジ、ケンスケ、委員長も生存する世界を見つけられたのだと思いました。
まだまだ、分からないところが幾つかあるのでもう一度、見に行こうかなっとおもっています。
庵野監督とその妻
庵野監督、本当にお疲れさまでした
待ちに待った本作。週末まで待てずに、月曜日なのに仕事帰りに足を運んでしまいました。そして、鬼滅以来の映画館の混雑ぶりに、改めてエヴァ人気の高さを感じました。この国民的人気アニメのラストを一日でも早く自分の目で見届けたいと、全エヴァファンが思ったことでしょう。
そんなファンの期待にがっつり応えるように、開幕早々から怒涛のバトルシーン!一気にテンションが上がり、エヴァワールドに引き込まれました。映像のクオリティは抜群で、機体や銃器等の緻密な描き込みは半端なく、そのクオリティを保ったままのハイスピードバトル、それをさらに熱く見せる縦横無尽のカメラワークなど、一分の隙もありません。
ストーリーは、あえて触れませんが、これまでのキャラたちにスポットが当てられ、エヴァの集大成としてきちんと描かれていたと思います。きっと、シンジもアスカもミサトもゲンドウさえも、それぞれが自分の口で思いを語ってくれたから、そう感じたのかもしれません。
結果、これまでのエヴァ作品に比べれば、ずいぶんわかりやすく描かれていたとも言えます。しかし、それでも自分のような考察が苦手な者にはやはり難解で、わからないところは山ほどありました。それなのに、その疑問を追究することより、ふわっとわかった気になった部分だけで満足している自分がいることが不思議でした。それは、エヴァのラストを見届けた、そこに立ち会えたという満足感なのかもしれません。
「さらば、全てのエヴァンゲリオン。」とのキャッチコピーがありましたが、まさにそれで、一切の考察不要で、感覚的にそれがわかる気がしました。エヴァにまつわる全ての人々、登場人物はもちろん、制作側も観客も含めた全ての人々が、エヴァから解放されたような心地よさや清々しさを感じました。この余韻をしばらく噛み締めていたいと思います。
庵野監督、本当にお疲れさまでした。素敵な作品をありがとうございました。
良い意味で「エヴァ」
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