シン・エヴァンゲリオン劇場版のレビュー・感想・評価
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エヴァファンではない一映画ファンとしての評価 (長文注意)
タイトルにも書きましたが、以下の感想はエヴァンゲリオンのファンではなく、エヴァファンの友人に連れられて観に行った一映画ファンとしての評価になります。
そのため、作品に対する理解や考察が至らない点が多々あるかと思いますが、あくまで大衆向けに配給されているこの映画を見た一観客、一映画ファンの意見としてお読みいただければ幸いです。
前述のとおり今回は熱心なエヴァファンの友人に誘われ、公開初日に観に行くことになったのですが、デートムービーでもないアニメ作品に、大してそれに思い入れもない友人(私)を連れて行く時点で、友人としても鑑賞後に内容を一人で消化できるかどうか不安だったのかなぁと。
私自身はあまり舞台挨拶とかに興味が無いタイプなので、映画を公開日初日に観に行った経験がほとんどなく、少なからずテンションが上がってしまい、「納得できない内容だったらどーする!?」などと軽口を叩いてみたりしながら開演を待っていました。
今回観に行くあたってTVシリーズから旧劇場版、序・破・Qと何度か復習して臨みましたが、前作が「急」もといQuestionの「Q」かのような物議を醸す内容だったということで、友人も私も、そして恐らくほかの観客の方々も最終作である今作でアンサーが得られるのか、それに納得できるのか不安だったと思います。
と、ドキドキしたりワクワクしたり楽しかったというか、心が動いていたのは作品を鑑賞するまでの時間だったような気が今となってはします。
内容についてコメントすると、ファンとして納得できるとかできないとか、その部分は私には分かりませんが、単純にアニメーション作品としてつまらない、出来が悪いと感じてしまいました。
まず、一応書いておくと、ファンの間で喧々囂々の議論となっているカップリング問題(?)については、綾波も式波もしょせんはクローンですし、「レイかアスカか」と考えても新劇場版以前まで人気を二分していたキャラクターのため、そのどちらかを選ぶということはもう一方を選ばないということになるので、制作側としてもシンジくん個人の選択としてもマリになるのは個人的には現実的ですっと理解できる結果でした。
もともと実の母親の幻影としての綾波や、思春期の男の子のグロースファクターとしての異性であったアスカ(惣流・式波)は、成長し殻を破り自ら戦うことに決めたシンジくんにはもう必要がない存在ですし、
式波とケンスケのカップリング(というより関係を持っているだけの気がしますが)についても、戦争未亡人ではないですが、いくら好きな相手でも帰りを待つ年月は待つ者の心を変えてしまううえ、現実世界と同様に、働かざる者食うべからずの第三村で日々生きて行くためには有力者に取り入るという生存戦略を取るのも当然のことだと思います。
(勝手に推察すると、式波も最初はケンスケをたぶらかして上手いこと庇護の下に入ろう(で、畑仕事をせずに楽して暮らそう)というアスカらしい、可愛らしい計略でケンスケに近付いたら、ケンスケの心の広さや優しさにほだされて、次第に本気で惹かれてしまったのではないかなと・・・。言動を額面通りに受け取るとめっちゃ良い奴ですからね、ケンスケ。)
じゃあ序からQまでの式波との熱いやりとりや、命懸けで綾波を守ろうとしたシンジくんはなんだったんだー!とは思いますし、オリジナルの惣流も戦死したから新劇場版ではクローンの式波しか出てこないんでしょうが、その成仏というかシンジくんのなかの消化の場面を作ってあげても良かったのではないかなぁと(今作劇中の赤い海辺のアスカは呪いが解けて年齢相応の姿になった式波ですよね?)
そもそもあくまでエンタメ作品なので、旧来からのどちらかのファンの期待を裏切ったとしても、もう一方のファンの期待にはきっちり応えるような結果にして終わらせても良かったのでは?とも思います。(商業主義的には)
が、そこらへんは監督自身が作りたいものがあってこうなったんだろう。としかエヴァファンではない私は感じないので、正直言うとどうでもいいです。
誰と誰がくっつくかとか、そんなことより、一つの作品として、四半世紀以上にわたるエヴァンゲリオンというアニメコンテンツの最後として、これで良かったのか??と、シナリオそのものの出来に疑問しか感じないのが、一映画ファンとして☆2つしか付けられなかった理由です。
新劇場版から本シリーズがループ物であること、時間軸や世界線が前後して描かれていることが示唆されており、そうしたループ物やパラレルワールド物の作品って昔からありますが、何故か時期を同じくして同時多発的に出てくるものなので、巷で言われているように他の作品とオチが被ってしまうというのは避けられないことだと思います。
そもそも、ループやパラレルワールドに翻弄される世界から逃れるにはその輪廻を断ち切るという解決策しか方法が無いわけで、大事なのはオチではなく、ここまで続いてきた作品のゴールとして、そのオチも含めてファンが納得する描き方をしてエヴァンゲリオンという世界を完結させることではないでしょうか。
それにあたっては何度も世界をやり直し、作り変え、それを望まない人間まで"補完"していった人類補完計画の理由や意味、そしてそれを断ち切るシンジくんの成長こそ丁寧かつ重厚に紡いでいかなければいけないポイントだと個人的に思い、今回そのアンサーが得られるものと期待していました。
結果、それがどう果たされたのかとネタバレを恐れない他人に説明するとして「なんやかんやあって解決した」としか表現できない内容で、それは(この作品の世界観をよく理解しているであろう)熱心なエヴァファンの友人も同じであったということ、それがとてもとても残念でした。
物語として成立していないというか、普通に考えて、大量に(おそらく地球規模で)人々を勝手に"補完"し、世界を再構築するって、ものすごく壮大な話で、そうまでしなければいけない必然性、例えば観客も自分がその立場でも同じ行動を取るであろうというような説得力が無いと話がとても薄っぺらくなってしまうと思うのですが、
つまるところゲンドウは亡き妻である「ユイに会いたい」、という極めて個人的な一部の理由で世界全部を補完したい、そして妻に会いたいという理由以外の、「人間とは」みたいな講釈は枝葉末節の部分であるというのが明らかな感じで、ものの見事に薄っぺらい内容でした。
大量の人間を"補完"し、息子を依代として、ゲンドウ自身も人であることを辞めてまで実現させたかったことがそれって・・・。
結局この20数年全く物語に進歩も着色も無かったんだなぁと、ファンでもない私でも悲しくなりました。
しかもそこまでして実現させたかったことを阻止するのが息子との対話って・・・。
いや、ここに来るまで交わることが出来なかった親子をようやく向き合わせ、お互いに逃げることなく(父親であるゲンドウのほうは逃げていましたが)全てが氷解したあの場面は、長年の宿題をようやく終わらせたという意味でとても良いシーンでした。
しかし、TVシリーズ放映開始から26年、前作のQ上映から8年も経った集大成として肩透かしを食らった感は否めません。
スターウォーズシリーズでもアナキンは愛する妻であるパドメを失ったことをきっかけに、死すら超越する力を得るため(得られると皇帝に騙され)シスの暗黒卿ダース・ベイダーに成り下がってしまいますが、息子の命が潰えそうとする瞬間の「助けて、父さん」の一言でアナキン・スカイウォーカーに還り、悲しい運命から息子も自らも解き放つことが出来ました。
それをゲンドウに置き換えると、正気に戻るタイミングは今回ではなくニアサードインパクトのときで良かったのではないかとすごくモヤモヤします。(あれがあくまで準備段階だとしても)
シンジくんが本当にゲンドウの息子だとして、愛する妻が産んだ自分の息子を生贄に捧げるような状況になって(結果失敗したけど廃人同然になって)も辞められなかった、世界を犠牲にしても成し遂げたかったことを最後の最後でたった一度の対話で翻すというのは、駆け足で風呂敷を畳むためのご都合主義が過ぎる気がしました。
「終わらせよう」という意気込みを感じるのは良かったと思います。ただ、そこはかとなくそこに義務感ばかりチラつくと言うか、「気乗りしないけど次の仕事のために終わらせる」という印象を(個人的な思い込みかもしれませんが)すごく感じました。
自分の殻に閉じこもりがちなシンジくんの成長過程をもっと丁寧に描いてほしいとも思いましたし、それは今作だけでどうこうできる問題ではないとしても、だからこそ4作も作るお金と時間を貰ったそのありがたいチャンスをもっと活かして、今作でそれをさらに昇華させるべきだったと思います。
素敵なシナリオやプロットを温めながらもそれを発表する機会に恵まれない映画監督が大勢いるなかで、一映画ファンとして、庵野監督はこれで本当に良かったのかなぁ、と疑問です。
たぶん、カップリングについてのネタバレや議論ばかり目立つのは、それ以外の部分について消化不良ではないけれどエヴァとしての満腹感が足りないというファンが多いからではないかなと個人的には思います。
一緒に観た友人もカップリングや結末そのものに不満は無いようでしたが、「庵野(監督)はエヴァファンが嫌いだからね…」と悲しそうに呟いていて、一部の過激な"ヲタク"・"フリーク"とは違う、純粋に作品を愛して楽しみにしていた"ファン"としての悲哀が伝わってきて私も悲しかったです。
途中から、そういう場面ではないのに笑わせにきてるのかなと思うような表現があったり、CGのクオリティや編集技法に"逃げ"と思えるような作りがあったり、新劇場版第一作目から13年待った観客に見せるものなのかな?と疑問に感じるシーンもあって、
「とにかく庵野監督はもうエヴァなんて作りたくないんだな」という印象が嫌と言うほど伝わって来ました。
自分も卒業したい、だからファンも卒業してくれ。という感じでしょうか。
ファンならその意を汲んでお疲れ様となるのかもしれませんが、一つの作品を観に来た者としては自分からまた始めたことなのにすごく投げやりだなぁと思いましたし、
失礼を承知で言うと、深く踏み込まれると底が浅いことがバレるから、それを恐れてファンを拒絶しているだけで、旧劇場版からほとんど成長していない監督だなと感じました。
最後の唐突に出てくる宇部地方も庵野監督の出身地ということで、この作品は監督自身の人生や心情を一部投影したものなんだなというのは分かりましたが、
それはそれとして発表しているものでないのなら、最後まで隠して、作品やビジネスとは切り離して、エヴァンゲリオンというコンテンツをもう少ししっかり完成させてほしかったと思います。
公私混同も甚だしいですし、作品を愛してくれたファンやそれを評価してくれた社会に失礼でしょう。
字数制限でもう書けませんが、基本、映画は「楽しかった」と手放しで褒めるタイプの私が、正直「今までエヴァシリーズを追いかけてこなくて良かった」と思うような作品でした。
希望と成長の物語
<個人的メモで書いてます>
劇中でカオルくんが言ったイマジナリーからリアリティーへのセリフで個人的にはすごく納得が出来たと言うか内容がスルッと入れられた。
もちろん全然着いていけないとこもある!!
希望と絶望、虚構と現実、創造と破壊、理想と幻色々なシーンが入り乱れるなか、最終的には同乗者全員が「現実」に居たったことはそのまんまの意味なのかな?
イマジナリーからリアリティーへ
マリとシンジが二人で駅から出てきたってのが、リアルの世界でも「帰ってきた」とかの意味に繋がるのかなと
固有名詞はほとんどうっすらとしかわからないけど、
なるほどなと思ったが自分自身的にはモヤモヤが残った
終わり
まさしく神作品…ありがとうございます…
エヴァの歴史を紐解いていった時に考察を残し、謎を残しそれがまたエヴァという作品だった。
旧、漫画と庵野監督と貞本監督の作った作品を見事なまでに作り上げました。
これは最高傑作であり、エヴァの14年の月日、リアルな14年の月日を一緒に完結させていただきました。
ラストはなぜ!?って思う方沢山いるかと思いますので漫画をぜひご覧ください。
愛の形や歳をとる事を一緒に選ぶことはリアルと一緒で置いてきた思い出と今を生きることです
最後に宇多田ヒカルさんの4作の楽曲の世界に感謝致します。
「幸せと辛さを繰り返すのが人生」このことばがキーワードであり
今回の宇多田ヒカルさんの手がけた「One last kiss」の
今回のエヴァで本当に感謝というか天才だなを感じたのは宇多田ヒカル。4部の楽器全て世界観に合わせてくれたけど今回の「one last kiss」
もう分かっているよ
この世の終わりでも
年をとっても
忘れられない
世界観を作ってくれたこれ以上にない歌詞でした
そして始まりの曲である「Beautiful World」は始動と完結、この歌こそエヴァの全てでした
沢山の世界観を味わって欲しい
そしてまだ触れていない方は、TV版 旧劇場版 Air/まごころを君に 漫画版 新劇場版 全てを観てまたこの終劇を見て頂きたい
全てのエヴァを愛した人に最高傑作を送り出してくれた皆様に心からの感謝と「ありがとう」を
ありがとう
ついに「エヴァ」が終わりを迎える時がきた。
熱望と期待と批判を常に浴び続ける作り手の苦しさは私には理解が及ばない。
企業活動として、看板であるエヴァを永続させることももちろんできたし、私含めそういううがった見方をしているファンも多かった。
しかし庵野監督は、真正面から『終劇』を選んだ。
愛され続けたキャラクター達にきちんと花道を作り、TVシリーズ・旧劇・新劇にも自ら敬意を込めながら、シンジの成長、そして我々ファンを「虚構の過去」から「現実の今」への旅立ちに、優しく背中を押してくれた。そしてラストは「Beautiful World」…。
しっかりと物語に決着をつけてくれたことに対して、エンドロールを眺めながら感謝と同時に「ホントに終わっちまったよ…」という寂しさは禁じ得ない。
明日から私達は「エヴァの終わった世界」を生きていくんだな。
でもこれは26年の時を経て辿り着いた、まさにお祝い。
おめでとう
ありがとう
そして…
さようなら
青年期から中年期を経て、初老になってとうとう迎えたエンディング。
この時を共に過ごしたファンの1人としては(語彙が貧困で情けないが)「卒業アルバム」のような作品だなぁ、とあらためて噛み締めている。
【追記】
2回目観了。
1回目より冷静に、整理して観られた分、より堪能できた。2回観賞オススメ。
基本的に「1回で分かる様に作れ派」だけど、庵野監督だけは許す。
【追記】
3回目。
NHK「プロフェッショナル」その他、様々な評論を聞いてから観ると、また趣きが違う。
ここで描かれる「女性観」にはちょっと違和感も感じてしまうなぁ。
3回観るのは個人的にはオススメしません。
11.13.20
まさかアニメ・映画の全ての伏線が回収されるとは
アニメの賛否を呼んだ終結、映画のその後の進捗、新キャラマリの登場が、全てアニメのシナリオに繋がっていて感動し、まさに決着と言える結末だったと思います。
今までの難しい考察物語から、愛の尊さをまざまざと見せつけられるストーリーに涙が止まりませんでした。
まさかQまでの展開から、こんな素晴らしい終結に持っていかれるとは思わず、もう感動の嵐だと思います。
シンジ君の葛藤が晴れたのが、20年近くこのアニメを追ってきて1番嬉しかったです。
スタッフの皆様、感動をありがとうございました!
エヴァ完結
旧劇は庵野監督がエヴァから逃げたいという負の気持ちが強く、最後には観客に向かって暴言吐いて終わるという前代未聞の映画でしたが
新劇はやっとそれから解放された感じがしました。相変わらず固有名詞多すぎて意味不明でしたが最後にハッピーエンドで終わって良かったです。
お、おぅ
色々シュールなシーンがあり、予告から想像してたものとは前半かけ離れていました。
これからは観る方、始まるギリギリにトイレに行っておいてください。
どうしてもいきなくなったら最後らへんの回想シーンでササッと行く。
とにかく長いです、映画で自分は集中してるとトイレなんて忘れてしまうのですが、それだけ雑念が出ちゃうと言うことでお察しください。
観賞した映画館は、上映終了時間20分前に本編が終了したのですが、そのせいでみんなエンドロールのあとに何かあるのかと思い、宇多田ヒカルの歌を2曲もフルで流した後まで待っていてなにが始まるのかと
思ってワクワクしてたら[終劇]のみでした…。
相変わらず訳がわからなかったが面白かった
最初の方はまだついていけたんだけど、途中からだんだん理解できなくなって、最後の方はついていけなくなった。結末は「一体どういうこと?あのキャラやこのキャラはどうなってんの?これで完結?ええ??」みたいな感想だった。
とは言えエヴァンゲリオンが訳わからないのは昔からだし、逆に分かりやすくて腑に落ちる展開だとエヴァンゲリオンらしくないので、意味が分からないくらいが丁度いいのかも。私はエヴァンゲリオンは好きだけど、ちゃんと理解しているのかと言うとたぶん全然理解していないので、雰囲気だけ楽しめたらそれでいいです(後で考察サイトなどで補完します)。
でも「訳わかんない、理解できない、難しくてついていけない。でも面白い!」と思わせてくれる作品はほぼ無いと思う。俺たちはエヴァンゲリオンを雰囲気で楽しんでいるだけなのかもしれない。
さようなら
TV版から四半世紀愛された物語に綺麗に決着をつけてくれました。
前半「そっくりさん」が人に触れ、体験を通して初めて湧く感情を学ぶ様子は微笑ましい。
歳月が過ぎ、気づけば世界が変化し取り巻く人物や、かつての同級生が大人になり今を生きる中、浦島太郎よろしくQを引き摺り引き籠るシンジが対照的に描かれました。
トウジの「元気そうでよかったよ」の一言やケンスケの「今はそれでいいよ」なんて歳を取っても変わらない友情と、友人を迎え入れる大人な優しい言葉。
周りの変化に気づき受け入れる事ができたシンジは大人として歩き始めます。
シンジがアスカの問いに自分なりに答え、「ガキ」から成長したシンジをアスカは認める言葉とともにあのころは好きだった、なんて口にするのも大人になったアスカだからこそ。
皆、色んな事があるけれどなんとか折り合いをつけながら生きています。
皆が例外なく『あの頃』から歳をとりました。登場人物も製作陣も私達視聴者も。現実世界も様々な進化があり一部のプロットは今や古くささえ感じるような何月が経ちました。
エヴァの呪縛から解放され今を現実を生きるための、手を差し伸べてくれているような大人の思いやりを終始感じました。
あれはああだ、これはこうだという今までのエヴァ視聴後の考察に盛り上がるような内容とは違って、あぁやっと本当に終われたね、と感じました。
最後までぐずぐず『あの頃』を続けていたゲンドウもシンジに気付かされました。シンジのようにゲンドウのように気付く事ができればこの作品は私達に対し呪縛からの脱却や大人になる事への助けになります。
それを飲み込めずにいると今作を見る前のシンジのままでいる事になるのでしょうか?
心を閉ざしたままだと持てるはずの希望すら持てぬままかもしれません。
作中の人物達のように、この作品は私達ファンを突き放すのではなく私達に手を差し伸べてくれました。今日からまた、現実を生きて行く事を後押ししてくれたように思います。
完結したのは評価したいが…
完結したのは嬉しいが監督の自己投影っぷりがきつくて観てられなかった。
そこらのなろう小説と思えば観れなくもないが…
むしろ監督がエヴァ卒業できてないとすら思える。
【良かった点】
- 完結したこと
- 説明口調だけど色々説明してくれたこと
【謎だった点】
- その情報わざわざ最後に出す必要あったか?
- 監督の妻をモチーフとした真希波を異常に推してくること
- 別にシンジをアスカ・レイから卒業させるのは良いとしてもわざわざ真希波とくっつける必要あるのか???
- 怒涛の流れで最終回発情期 (ファイナルファンタジー)が始まって最後監督の地元と思われる駅の実写ムービーで終わる
- 監督に縁のあるものアピールが激しすぎて「気持ち悪い」
- 前半はまだ良かったけど後半は「俺は一体何を見せられてるんだ?」状態になる
- 良い年したおっさんの○○を観せられてると思うとなあ…
- そこまで卒業させたいなら最後は神木隆之介実写出せば良いじゃんってなった
新参者
今年の初めに始めてエヴァンゲリオン序破Qとアニメ版そして、まごころを君にを見てどっぷりとエヴァにハマってしまいました。思ったより映画公開が早く決まり、見に行きましたが複雑や気持ちでした。
リアルタイムでアニメを見てた世代は40から50という年齢で新参者のを私が見ていい作品なのか、そしてエヴァを初めて映画館で見て感動をし同時に最初で最後の映画館視聴になるのかと少し寂しくなりました。 アニメ版を見てて結末を知っているのでバットエンドかと思っていましたが、ハッピーエンドでした。非常に非常に良い作品でした。
中学の時から見ていたエヴァ
序を見たのが中学の時
破を見たのが高校の時
Qを見たのが大学の時
公開日かその翌日には全て劇場に足を運びました。
特に中学の時、田舎で映画館が周りに無くて友人で集まって慣れない電車とバスで乗り継ぎをして見に行ったのはいい思い出です。あの時はシンジ達と変わらない年齢でした。
狙ってかどうかは分かりませんが今は、28歳になった彼らの年齢になりました。
色々引っかかる部分が無かったかと言われれば嘘になります。戦闘のカッコ良さなら旧劇場版の方がカッコ良かったし、締め方に関しては漫画版の方が好きな終わり方です。(それでも映画の満足度は☆5です 評価となると話は別ですが)
ただ、ラストシーンからエンディングが流れた時、エヴァが終わったという気持ちと「時が動き出した」という感動で胸がいっぱいになりました。
シンジ達と近い年齢で始まり、同じような年齢で終わった新劇場版のエヴァは特別な作品になりました。
27年の集大成
序破急の予告に伏線がありすぎて鳥肌立った。
シンちゃんとマリがくっつくのは漫画で既定路線。アスカはケンスケと。つまり、アスカはシンジの事が好きだったが、14年の間の分だけ遅れてるシンジよりも、ケンスケに惹かれたのだろう。
あの終わり方だとミサトさんは死亡、リツコさん以下は生存不明、アスカは取り込まれた13号機から救出はされたのか不明。庵野監督らしくあとはユーザー考察に任せると言った感じでしょうか。
それが知りたかった
*初回*
とにかくいっぱい泣いてしまった。
色々謎は残るけど、
ゲンドウさんのことが知れて良かった。
ずっと知りたかったような気がする。
みんな大人になっちゃったんだね…
*2回目*
旧劇を映画館で見られた人たちはこんな気持ちだったんだね…
自分には『:破』の頃から何となくマリの存在にずっと違和感しかなくて、今でもまだヴィレクルーたちよりも作品内で浮いている。だから、そんな二次創作のキャラみたいなのとシンジくんは外へ行ってしまうのか…そんなふうにお別れしちゃうのか…って思えて寂しい。
でも監督、本当に良い奥さんと会えて良かったねえ…
いつもそうだけど、今回本当に台詞の声が素晴らしい。ミサトさんからリツコさんへの「ありがとう」とか、最期の台詞だけ聞きに何度でも行こうと思えてしまう。
全てが花びらの様にひらひらと散り、止まっていた時が動き出す。
冒頭のシークエンスは既に色々と露出していて、二度見ながらも映画館のスクリーンと音響でより没入感に浸りながら鑑賞。
映画館はやはり良い。
破で既存のエヴァンゲリオンをメッタメタに切り裂いてそこから突き進んでの前作はもう8年前。
4部作中3部作使い物にならないゴミクズの様な主人公の落とし所はテレビ版よりもそう高くなることは無かろう。
そう思い続けていた。
相変わらずシンジは動かないし、周りが何をやっても動かない。
しかし、時が止まる彼らと違い周りは過去を受け入れて前に進んでいく。
2時間半と言う尺はこの広げ過ぎた風呂敷を回収するのは無理じゃないか?
そう言う疑問を裏腹に、一人一人の魂が浄化されていく。
とても丁寧に描かれて、さながら散りゆく花びらの様。
生命の種子達もタンポポの綿毛の様に宇宙を舞う。
20年前にテレビ版を観ていた頃は、世界を拒絶していく作風が肌に合わず、その後も拒絶反応しかなかったのに、今作が先に進むにつれ、シンジは立ち上がり、全てをあるべき場所に戻していく。
もう涙が止まらないわけですよ。
はるか昔の遠い宇宙で繰り広げられた親子喧嘩同様に、父との対立、そして和解。
今作はポジティブな言葉に溢れていて、ふんわりと温かい。
壮絶な筈の決死のダイヴも、あの人の救出も、あの人との砂浜での再会も全てが温かく、そして優しい。
最後、ようやく止まっていた時が動き出し、監督の生まれ故郷、山口県宇部市の駅の風景で終わる。
時は動き出した。
僕らも前へ進もう。
2020年と21年と言う、歴史の狭間から抜け出すのに優しく肩を押してくれる映画でした。
P.S.
エヴァシリーズを毛嫌いしていたのが、シンジの親子関係にあった事も大きいです。
僕もずっと厳格な父親と対立していたのですが、それはまさにゲンドウと瓜二つだったから。
久々に手紙でも書いてみようと思います。
13年ぶりに。
うれしさとさびしさとありがとう
当時、就活も終わってぼーっとTVを見ている時に、偶然観たTV版の第拾九話。
「使徒を・・・喰ってる」のヤツです。あの衝撃からドップリ四半世紀。
お陰様で50才も目前の昨日、これまた偶然有給を取っていたところに再延期された公開日がヒット。
朝イチの回を観に行ってきました。
(じゃないと、ネタバレ食らうの怖くてネット使えない)
私にとって、始まりと終わりが偶然によって結びつけられたエヴァですが、鑑賞直後の
率直な感想は「相変わらずよく分からないが、(個人的に)綺麗に終わってくれて嬉しいというか、安心したというか、コレで思い残す事無く往生出来る」でした。
ただ、観終わってから何だかモヤモヤしてました。
コレはいつもの「よく理解出来ない部分」が引っ掛かっているのもあるのでしょうが、何かそれ以外にも引っ掛かる。
で、一日経って、自覚しました。
エヴァロス!!
さすがに25年の付き合いともなると、今後新しいエヴァが観られないという現実が結構な喪失感となっているようです。
でも決して悲しい訳ではないんです。
凡そ半世紀生きてきても味わった事のない不思議な感じです。
私同様、長い付き合いの方も多いと思いますが、その点は覚悟して鑑賞ください。
さて、ネタバレ無しで内容に触れるのは難しいのですが、1つだけ。
過去にあったTV版、旧劇版、漫画版、そして今回の新劇版、それぞれの終わり方では今回が一番良かったと思います。
「良かった」なんて主観的な感想ですが、私の理解として エヴァのどのエンディングもメッセージはほぼ同じだと考えています。
「現実に向き合え、前に進め、気持ち一つで人生は思っているほど悪くない」と。
その同じメッセージの見せ方・伝え方として、今回の新劇はしっかりストーリーを絡めた上でその帰結に導いてくれているという意味で、今までのエンディングの中でBestだと思います。
もちろん他のエンディングが悪いわけでは無いのです。
「おめでとー!」とか「気持ち悪い」も今振り返れば味わいはあるのです。
ただ、今回の新劇が一番気持ち良いかなと。
いずれにしても、エヴァが好きなら是非その目で、耳で確かめて貰いたい。
その価値はある作品・エンディングだと思います。
あと、長年のファンの方の為に申し添えるなら
* 相変わらず訳分からん単語山盛り
* 相変わらず"ほのぼの"からの突き落としアリ
* 相変わらず?綾波(アヤナミ)はポカポカ
* 相変わらずアスカ吠えまくり - どぉぉぉりゃぁぁぁああ!!
* 相変わらずミサトさんカッコいい (涙)
ご安心ください。
さぁ、あと何回観ようか。おっさんになると2時間半は膀胱に厳しい。。。
追記:「さよなら、全てのエヴァンゲリオン」って、全てのエヴァ作品に掛かってるのかなと。
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