劇場公開日 2013年5月31日

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グランド・マスター : 映画評論・批評

2013年5月22日更新

2013年5月31日よりTOHOシネマズ日劇ほかにてロードショー

美貌の男女が繰り出す美技と痛いほどのロマンティシズム

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100年経ってもわたしは美しい――「グランド・マスター」に出てくるチャン・ツィイーの顔は、無言のうちにそう語っていたような気がする。チャンはひるまない。チャンは無疵の磁器だ。身も心も難攻不落。

こんな表情のできる俳優は、日本にはいない。欧米にもまずいない。美貌や性的魅力に自信があるだけではこんな表情はできない。酒や薬物の力を借りても、この次元は保てない。「心のなきを心とはせよ」と説いた高僧が中世の日本にもいたが、彼女なら天変地異を超えて美貌を保ちつづけるにちがいない。

チャンの向こうを張って、位置エネルギーの高さで勝負したのが、主役のイップ・マンを演じたトニー・レオンだ。彼は強い。彼は静かだ。加えて、情感の表面張力が強い。決壊しそうな情感が、きわどく維持されている。脈拍さえ制御できるダンサーのようだ。

このふたりの綱引きが「グランド・マスター」の磁力となる。なるほど、ベースにあるのは武術家イップ・マンの一代記だ。ただ、復讐や決闘の名のもと、超絶的な体技を持った超現実的な美貌の男女がすれすれの接近遭遇を体験し、なおかつ双曲線のように遠ざかっていくとすれば、胸の痛むほどロマンティックな画面が生まれるのは当然ではないか。

監督のウォン・カーウァイは、ふたりの美貌と美技を、落下する水滴のように描いた。スローモーションとクロースアップを濫用に近いほど酷使し、それでもなお耽美の姿勢を崩さず、哀切の情感を手放さない。私は納得した。最初は抵抗したが、ウォンの思いにほだされ、頭の武装を解いた。邪道に近いケレンを繰り出す一方で、ウォンは役者の顔と身体を信頼している。もともと美しい俳優を、世界一美しく見せられるのは自分の映像だと確信している。「グランド・マスター」はその果実だった。

(芝山幹郎)

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