「持たざる者、己を知れ」桐島、部活やめるってよ ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)
持たざる者、己を知れ
「クヒオ大佐」などの作品で知られる吉田大八監督が、「妖怪大戦争」でキュートな魅力をばら撒いた神木隆之介を主演に迎えて描く、青春群像劇。
ここ最近になって、高い注目を集め始めている異色の現代芸術家に、韓国人のス・ドホなる人物がいる。自身がルーツとして掲げる「家」をモチーフにした作品を数多く残しているが、彼にはもう一つの軸となるテーマが存在する。
それが、「一人の、持てるものに握られた名もなき「持たざるもの」への視点」である。「私は、私」と声高に叫んでみても、個々の人間は知らないうちに「持てるもの」の手の内に丸め込まれ、小さな歯車として動く。作り手は決してその現実は批判はしていない。ただ、「背けず、目を向けろ」と、観客を挑発する。私たちの目が覚めるのを、待っている。
バレー部のエースで、超万能型のスター、「桐島」が部活を辞める。一見、何でもない小さな波紋が巻き起こす違和感が、いかに人間を惑わせるか。この一点への好奇心が物語を構成している本作。何故、一人の高校生の行動に学校全体が振り回されるのか。その真相を、様々な立場にある数人の同級生の視点を繋ぎ合わせる事で解き明かしていく。
気弱な映画部員、不思議な魅力を放つ美貌のバトミントン部女子、学校一の美女。境遇も、毎日への取り組み方も違う多彩な登場人物を放り込んで物語は展開されていくが、その全ての人間には共通点がある。
「見えない何かに、首根っこを掴まれているのに気づいていない。あるいは、掴まれるのを楽しんでいる」
「桐島」という男がどんな人間か、物語の登場人物も、観客も実は知らない。ただ、その男が自分たちの平穏な毎日を支配していて、保っている事は知っている。それだけで、良い。それで、安心する。あくまでも本作のテーマは「桐島」という人間そのものではなく、「桐島」という名前をもった「持てるもの」への憧れと、恐怖、諦めだ。だからこそ、別にその男は出てこなくても良い。出てこられては、困るのだ。
「桐島」というスターを具体化しないこと。それが、本作が普遍的に観客を挑発する力強さを生んでいる。「持たざる者よ、己を知れ」青春という名前を掲げた生半可な物語のようでいて、個性の限界と本性を鋭く指摘するユーモアにとんだ作品として完成した一本。ぜひ、学校という「個をかき消す世界」から少し離れた「夏休み」という時間にある学生にこそ、立ち向かってほしい映画だ。
と、難しい事を語らずとも、神木のイケメンぶりは黒縁メガネで隠してもやっぱり輝いているし、新進気鋭、橋本愛の美しさはやっぱり素敵。娯楽として観ても魅力は尽きない。味わい豊かな作品である。