劇場公開日 2012年9月15日

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ライク・サムワン・イン・ラブ : 映画評論・批評

2012年9月11日更新

2012年9月15日よりユーロスペースほかにてロードショー

老境の孤独、幻想、諦念を自在な映像マジックで描いたキアロスタミの異色作

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アッバス・キアロスタミは初期の代表作「クローズアップ」から前作「トスカーナの贋作」に至るまで、主人公たちのつくまことしやかな嘘によって不意に周囲の現実が変容し、虚構とリアルの境界そのものが消失する瞬間を執拗に捉えてきた。

「恋の気持ちで」と訳されたりもするジャズのスタンダード・ナンバーを題名にした本作も、デリヘル嬢の女子大生明子(高梨臨)がケータイでの会話でノリアキ(加瀬亮)につく嘘が危うい発火点となる。その夜、明子を自宅に呼んだ元大学教授のタカシ(奥野匡)は、翌朝、明子が通う大学に送り届けるが、そこに婚約者と称するノリアキが現れ、タカシは成り行きで明子の祖父と偽ってしまったことで、自らをのっぴきならぬ事態へと追いやることになるのだ。

冒頭の喧騒に満ちたデートクラブの店内で、ケータイでとめどもなく話す明子を窓ガラス越しにとらえたカット、タカシが運転する車の窓越しに映し出される3人のとりとめのない会話の断片、この映画では窓ガラスによって二重映しに描かれるシーンが印象的で、たしかにガラス越しに交わされる会話には微かな嘘が混じっている。あらゆる予断を超えた、不意打ちのようなラストシーンには、一瞬、茫然となるが、それは虚構と現実の安逸な関係が一挙に破壊され、反転してしまう過酷さそのもののメタファーとも思える。

一見、晩年の谷崎潤一郎川端康成が好んで描いた老人の美少女へのフェティッシュな性愛譚を思わせつつも、キアロスタミは老境の孤独と甘やかな幻想、そして苦い諦念を自在な映像マジックで果敢に描き切っている。

高崎俊夫

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