「家族への信託。」終の信託 ハチコさんの映画レビュー(感想・評価)
家族への信託。
周防監督またお得意のジャンル?と思わせるような作品。
法と秩序の不条理と人間の心理を巧みに縫い合わせて観せる。
観やすい作品ではないが(今回はまた一段と暗い)
例えば自分の最期、家族の最期、を看とる時期にある人は
色々と考えさせられることが多い作品なのではないか。
私的に最近、親世代の入退院や葬儀が相次いだ。そんな歳だ。
子供の頃はまだまだ先だと(親なんて一生元気なものなんだと)
能天気に思っていた私も、そんなお気楽に済まされない時期に
差し掛かってきた。そこで最近思うのが、自分の最期である。
今作は各々の立場で観ることができる作品だと思う。
折井医師。
まぁ誠実で真っ直ぐな女性だな、ということがすぐに分かる。
その分恋愛にも懸命で…今風に言うとイタイ?女なんだろうか。
患者には信頼を寄せられる医師だったようだが、とりわけ今回の
江木という重度の喘息患者との心通を重ねていく。
アナタは人生を正直に生きている。と江木に言われる折井医師。
それは確かに褒め言葉ではあるが、言い換えればアナタならば、
私の終の信託を受け容れてくれるだろう?と言っているのと同じ。
妻や家族に言ってもムダ(というより言えないから)アナタならば。
そんな重い選択を幾ら信頼を寄せている医師だからって、任せて
いいものなんだろうか。そこまで思うのならば、それを口頭でなく
しっかりと文書で遺しとけよ!と江木に対しては強く思った。
遺族の心配をすると同時に折井医師のその後の留意も必要だった。
まぁ確かに折井医師もこの江木に対して心が傾倒していなければ、
もっと冷静に医療判断を下せたのかもしれないが。
患者江木。
巧みに生きてきた人なんだろうが(何しろ奥さんが大人しすぎる)
全てを自分で背負い決めてしまうところが非常に頑固。
自分の人生は自分で決めるのはもちろんだが、結婚した時点で
アナタには家族に対する責任があったはず。命が朽ち果てるまで、
その意思選択を、どうして家族の誰にも言ってはくれないんだろう。
妻であったり、子供であったら、これほど切ないことはない。
一体今まで誰が彼の面倒をみて、看病をして、長い長い闘病生活に
付き合ってきたと思っているのか。いや、それだからこそ言えない。
という遠慮こそ傲慢に映る。彼の死を迎え納めるのは家族なんだぞ。
今作では折井医師とのラブストーリーが絡めてある(らしい)から
致し方ない選択とはいえ、あまりにもあまりにも…不条理であった。
ただ、私が江木の立場ならやはり(家族に意思は伝えるけれど)
早く家族を楽にしてやりたいと思う。生きる家族には未来を与えたい。
出来ようが出来まいが、家族をまず一番に考えるだろうとは思う。
塚原検事。
今回の大沢たかおの演技は、多分キャストの中で群を抜いている。
脱いだ折井よりも(ゴメンね)、苦しみ抜いた江木よりも(悪いね)、
彼の一挙一言がグサグサと心根に突き刺さってくる。巧い。怖い。
この後半のくだりがいちばんの見せ場で、前作のラストにも通じる。
だって法律は、曲げられないんだもん。そんなの当たり前だろ。と
正攻法でズバッとそこまでのナヨナヨとした倫理を打ち破ってしまう。
あぁ…何だか本当の取り調べ風景を観ているようだった。怖かった。
カツ丼なんて出るワケないか(タバコもね)、刑事ドラマとワケが違う。
自白の強要。。とは最近ニュースを賑わせていたが、
やった。やらない。で逮捕・起訴まで持ちこむことの重要性を見せて、
検事の「作戦」を勉強したような気分になった。非常に観応えがあった。
ドラマ上、最後に出てくるこの検事が最も酷い悪人に見えるが、
彼は彼の仕事をやっただけの事である。医師の仕事と同じなのだ。
うわぁ…またこのまま後味悪く終わるんだな。と思ったら今回、
裁判の結末までを字幕解説してくれる。ふーん…なるほど…そうか。
おそらく折井医師も(内心分かっていたと思う)納得できたんじゃないか。
私が最後その字幕に感動したのは、彼女の判決の鍵となったノート、
それが家族側から提出されたことだった。長い長い夫の看病に疲れて
それが終わったと思ったら医師が逮捕され、自らも尋問され、しかし
最後には夫の意思をしっかり告げて折井医師を救ったともいえる江木の
妻とその家族、その行動こそが何よりの誇りでしょう、天国の江木さん。
そう思わずにはいられなかった。
(今後の信託について、色々と勉強になりました。オペラの詞の解説も)