劇場公開日 2012年3月16日

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「ストリープさんの演技とメイクがすごいとしか印象が残らない。」マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙 とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)

2.5ストリープさんの演技とメイクがすごいとしか印象が残らない。

2024年5月29日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

単純

知的

寝られる

おばあさんになった時の後ろ姿。そんなところまで演技できるんだ。
おばあさんになってからの、あの、顎と首がつながっている皺。どうやって作ったのだろう。しかも、口をモグモグしているときや話しているときも当然のように口の動きに合わせて動いている!!!
目も、白濁していて、うつろに視線が動く。

首相時代の凛とした姿もすごいけれど、サッチャーさんの動きとかまでは覚えていないから、そっくりなんだと言われればそうなんだと思うしかない。

デニス氏のお茶目さ。若い頃も、壮年になってからも、好感が持てるのだが、ブロードベント氏が演じるほどのものかとは思う。尤も、ストリープさんに並べるのはこのクラスの俳優でないと影が薄くなってしまうのかもしれないとも思う。

映画は、二兎を追う者は一兎をも得ず。
 本当に、「何が描きたかったのか」という感想が出てきてしまう。
 軽く、あの時代に起きたことをおさらいするには良いけれど。でも、サッチャー政権側からしか描いていないから、偏った見方を身に着けてしまうようでお薦めできない。
 物足りないし、この映画をそのまま受け取ってよいのかと懐疑的になってしまう。

過去を振り返る形で映画が進む。
 「認知症になって」という設定なのだが、亡き夫の幻覚があるから、認知症?しっくりこない。単に、老年になって、しかも断捨離を周りから迫られて、過去を思い出しているようにしか見えない。
 どうしてこういう設定?演出?
 この老年の部分を削って、政策の攻防でも見せてくれたら、手ごたえがある映画になったのに。もしくはデニス氏との会話で過去を振り返ってくれたら、違う側面が出てきたかもしれない。

家族との関係を見直したかったのか?
過去のそれぞれの決断や行いを見直したかったのか?
 だが、それに対するマーガレットさん・デニス氏の思いは語られない。デニス氏の「過去を思い出せば、つらかったことも思い出す」「(ビデオを)巻き戻したって過去は巻き戻せない」とか、マーガレットさんの「デニス、あなたは幸せだった?」とかの言葉は散見されるけれど、彼らがどう感じていたかは語られない。
 当然、政治家としての行動に関しても駆け足で見せる。

サッチャー首相一人称で話が進む。サッチャー首相以外の他者の視点が、ドラマとして絡んでこない。動画を見ているように、それぞれ言いたいことを言って消えていく。コミュニケーションが生じていない。特に、私がイギリスの俳優に慣れていないからか、政治家たちは誰が誰やら、モブたちがサッチャー首相に好きかって言っているように見えてしまう。
 フォークランド紛争の決断は、人命がかかったあれだけの責任を、”首相”として一人で負わなければならないのかと息をのんだ。リーダーとしての資質とは胆力も含まれているのだなと思った。
 けれど、”開戦”なんて出来事を、今の時代に、首相一人で決められるのか?イギリスと日本では政治の制度が違い、イギリスならできるのか?ならば、議会なんていらない。今のロシア・プーチン大統領と同じ。
 他の施策も同様の描き方。サッチャー首相の決断・行動ばかりで、同じ党員やほかの政党議員の動き、民衆・マスコミ、すべてが背景。
 サッチャー首相の”孤独”を現わしているのか?サッチャー首相の心に響くような人はいなかったと。「一人で生きてきた」デニス氏の言う通りに。それを描きたかったのか?でも、そうしたのはサッチャー首相自身。幻覚として現れる夫の言葉もちゃんと聴かない。「行かないで」とはいうのだが。
 ストリープさんの演技はすごいが、そこに”孤独”は感じさせない。息子が南アフリカから帰ってこなくてすねるシーンはあるが、そこでも”孤独”はみじんもない。傍から見れば孤独極まるが、サッチャー首相自身は自分の”孤独”に気が付いていない設定なのか。気持ちより考えを尊ぶ人だもの。

サッチャー政権。11年も続いたんだとこの映画で初めて認識する。
 炭鉱閉鎖。”国”としては必要なことなのだろうけれど、『パレードへようこそ』にはまっている身には…。
 フォークランド紛争については『MASTERキートン』で読んだくらいしか知らないけれど…。
 激しいデモの様子が当時の映像で流される。馬にひき殺される人も出るほど、凄まじい。ハンガーストライキで何人も犠牲になり、かなりの反対派がいたことが示される。
 そんな情勢ならすぐに転覆しそうなものだけれど、サッチャー政権は11年も続いている。この映画を観る限り、この政権がこんなに続いた理由は見えてこない。パワハラが過ぎて、党首の座から追われる様は描くが、サッチャー首相があのようなパワハラをおこなう背景は見えてこない。初めからあんなパワハラをしていたら、党首になれないと思うのだが。
 「鉄の女」と呼ばれるほど、意志が固く、実行力がある。”国”のために必要と思うことは、犠牲を払っても行う強さ。それはこの映画でもよくわかる。
 世間では、ウーマンリブパワーが吹き荒れてはいたが、女性の社会進出は希少な頃。
 イギリスでも、”初”の女性首相として、陰口は叩かれてはいるものの、それでも、男どもは、サッチャー首相を党首にと投票しなければならなかった。こき下ろしは描かれているが、彼女を首相にした背景は描かれていない。見た目と話し方を変えるシーンは出てくるが、それで当選するなら俳優・女優・モデルは皆首相になれる。本質は描かず、プラスαしか描かない。政策的な面で、マーガレットさんが選ばれたのか、マーガレットさんの魅力で人々を引き付けていったのか。大臣等の業績を評価されたのか。デニス氏の財力?

サッチャー首相の人柄も、家族との関係も、政治家としての評価も、さわりだけ。
 ご本人がまだご存命の頃に制作された映画。ご家族もご存命。
 原作本はあるということだが、ご本人の回想録ではない。
 「こう思っていたのではないか」等のフィクションは加えられない。
 ドラマが薄くなるのは仕方がないことであろう。
 とはいえ、もう少し視点を絞って、もう少し調べてから映画化してほしかった。

とみいじょん