アルバート氏の人生 : 映画評論・批評
2013年1月8日更新
2013年1月18日よりTOHOシネマズシャンテほかにてロードショー
大女優グレン・クローズが男装して挑んだ、構想30年の稀有な“女性”映画
俳優がひとつの役柄を幾度も演じるのは稀なこと。だがグレン・クローズが82年に舞台で絶賛を博したアルバート役は今、映画となって可憐に蘇った。しかも本作の彼女は主演、製作、共同脚本を兼任。過去5度に渡りオスカー候補入りした無冠の女王が、ついに人生を賭けた大一番に打って出たというわけだ。
飢饉と疫病に見舞われた19世紀のアイルランド。クローズ演じる主人公はタキシード姿で背筋をピンと伸ばし、信頼厚いホテルマンとして男装した毎日を送っている。というのも、当時の女性が独りで生きるには性別を偽って職を得るしか術がなかったのだ。しかしふとした拍子に彼女は変わる。最愛のパートナーを得たい、自分の店を開きたいという夢に向け、アルバートは一直線に走り始め……。
監督は数々の女性映画で知られるロドリゴ・ガルシア。ヒロインの人生に祝福の光を当てる慈愛に満ちた演出の下、クローズが抑制の内に仄かに華やいでいく様子が作品を弾ませる。とりわけ彼女がミア・ワシコウスカ演じるメイドに求婚する姿は笑いを誘い、なおかつ、長らく自己を封印してきたアルバートだからこそ、そこに男性的、女性的な感情だけでなく、初めて恋を覚えた無邪気さ、相手を慈しむ母性さえ滲み出てくるのが奥深いところだ。この複雑な心象をほんの一瞬の表情に発露できる演技力は、きっと30年前のクローズには成し得なかった、稀有な到達点と言えよう。
残念ながらクローズのオスカー獲得は本作をもってしても叶わなかった(メリル・ストリープに敗れたのだ)。しかしその存在感において彼女は全く負けていない。“役を生き切る”という面ではむしろ、クローズに軍配を上げる観客も少なからずいるはずだ。
(牛津厚信)