劇場公開日 2012年9月15日

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「緩みのない脚本、計算され尽くした場面構築。職人の精密細工のごとき見事さ!」鍵泥棒のメソッド 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0緩みのない脚本、計算され尽くした場面構築。職人の精密細工のごとき見事さ!

2012年9月20日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 本作は、一本の鍵が織りなす、ふたりの男の人生の入れ替わりをコミカルに描いた作品。「メソッド」という割には、余りに単純。銭湯のロッカーに合った鍵を持ち逃げするという出来心が、主人公をとんでもない事態に追い込んでいくのです。
 入れ替わったことで、ふたりの対称的な生き方、考え方にどのような化学的な変化が起こっていくのかが見どころです。
 それと、主人公に入れ替われた男に結婚願望の強い女性が言い寄ってきます。途中で男の記憶は戻り、ダーティな一面を女に垣間見られてしまうことになるのです。勘違いと記憶喪失から始まったふたりの恋の行方はどうなっていくのかというところも興味深かったです。
 入れ替わりのドタバタを早いカット割りで一気にラストまで見せ付ける痛快娯楽作品。何分かに一回は爆笑・失笑必死の作品ですので、とにかく理屈抜きで楽しめる映画をお探しの方にお勧めしたいです。

 映画は、35歳にして無職で、俳優を目指すも挫折し自殺しようと思っている男・桜井(堺雅人)が主人公。自殺の前に行った銭湯で、やけに羽振りのいい男・コンドウ(香川照之)が目の前で転倒し記憶喪失に。
 桜井は、ほんの出来心からロッカーの鍵をすり替えスーツや高級車を盗み出しコンドウになり代わります。ところがコンドウは非合法な裏稼業を営む男だったため、ヤクザがらみのトラブルに巻き込まれていくことになるのです。
 一方、記憶を失い自分を桜井だと思っているコンドウは、自分を売れない役者と思い込み、情けない自分の境遇にぼうぜんとします。
 こんな入れ替わりなんて、すぐ周りが気がついて、桜井の嘘が露見するにきまっていると思っていたら、きめ細かい伏線や設定が用意されていて、スルスルとふたりが入れ替わっていることに誰も気がつかない状況が描かれていくのです。さすが内田監督、うまい切り抜け方です!

  コンドウは 病院で出会った女性・香苗(広末涼子)に助けられ、生活を立て直していきます。だが、香苗はある理由からどうしても結婚したい女だったのです。やがてコンドウの記憶が戻ったとき、桜井が招いたトラブルを解決しなくてはならなくなり、コンドウも香苗も巻き込まれることに。
 ややこしいのは、、コンドウが偽装殺人のプロだったこと。緻密な準備でターゲットを暗殺したことに見せかけ、逃亡を幇助させていたのです。依頼者のヤクザからもターゲットからも報酬を得ていたのでした。そんな緻密な計算が必要な仕掛けを、何事にも杜撰な桜井が受けてしまったから、すぐバレて命を狙われることになったわけです。
 このときのコンドウの切り返し方がお見事!桜井が自分と入れ替わってくれたことを利用して、自分はコンドウの手下なんだということを、追っ手に信じ込ませてしまうのですね。追っ手を騙す偽装殺人の手口。そして、追っ手を片付ける鮮やかなやり方などコンドウが放つ仕掛けの巧みさに圧倒されました。

 内田作品では欠かせないポーカーフェイスの堺雅人に、新たに加わったいかにも一癖ありそうな香川照之。ふたりの共演こそが、本作の仕掛けそのものだと思えました。堺は自殺しようとしても死にきれない情けなさ抜群の桜井が豹変する可笑しさをたっぷり演じきってくれました。
 また、悪に見えて意外と普通の善良なであった人間であったコンドウのはったりを香川が上手く表現していました。
 さらに本作で新境地を開いたといえる広末涼子のコメディアンヌぶりも、なかなか可笑しかったです。香苗は周りの空気よりも自分がこうだと決断したことしか考えないタイプの女性。相手も決まっていないのに勝手に結婚式の日程を決めて、先走っていく思い込みの強い気性を広末がよく引き出していました。

 緩みのない脚本、計算され尽くした場面構築。職人の精密細工のごとき見事さ。ラストまで徹底したサービス精神に溢れた内田作品に、人生の機微や哀感といった余韻まで求めるのはちょっと酷ですね。

流山の小地蔵