幕末太陽傳 : 映画評論・批評
2011年12月20日更新
2011年12月23日よりテアトル新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにてロードショー
震災を経た今、この時間、この場所で、いかに生きていくのか
好きな映画は? と訊かれたら必ず名前を挙げるのがこの映画だ。今回のデジタル修復版では当然のこと映像は鮮明になっているが、それよりまして音の聞こえ方が以前と雲泥の差で良くなっていた。台詞の明瞭さはもちろん、何と言っても効果音が素晴らしい。埋め立てられる以前の品川の海岸沿いの旅館を舞台にしていて、室内にも絶えずカモメと波音が終始し独特の細やかな情緒を出しているのに改めて気づかされた。今まで聞こえなかった音が聞こえる。以前に見た印象より全てがクリアに沁み込んでくる。
お話はもはや説明不要、勤皇だの佐幕だの物騒な幕末の遊郭に肺病持ちの佐平次が居残り、女郎や主人や客や様々な人の問題を解決していくグランド・ホテル形式。細部にまで計算されたシナリオ。それを演じる主役のフランキー堺を筆頭に出演者の全員がとにかく意気がよくて粋なこと極まりない。役者の動きのスピードが抜群に速い。登場人物の心情を出さんとするばかりにもったいぶった芝居で動きがスローモーになりがちな昨今の映画とは月とスッポン(自分が一番に反省なり)。とにかく自由さに満ち満ちて堅苦しくない。名作と言われながら立派な感じを与えないのがいい。品行方正じゃないのがいい。だから今見ても今と繋がっている感覚がある。
そのせいなのか、肺病で余生短いかも知れぬフランキーが最後に叫ぶ台詞が今回、これまで以上に心に響いた。地獄も極楽もあるもんけえ、オイラ、まだまだ生きるんでえ。先の3月の震災を経験した今、この時間、この場所で、いかに生きていくのかに繋がる主題がここにあると思った。
(瀬々敬久)