ニーチェの馬のレビュー・感想・評価
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傑作
一八八九年一月三日、ニーチェは自分の部屋を出て、カルロ・アルべルト広場に行くが、そこで辻馬車の御者が馬を殴っているのを見る。ニーチェは泣きながら馬を守ろうとして馬の首にしがみつく。同情に打ち負かされて、彼の精神は崩れ落ちる。数日後、フランツ・オーヴァーべックが精神錯乱に陥った友人を引き取って行った。ニーチェはその後も十年、精神の暗闇の中で生き続ける。
ニーチェのこのエピソードから始まる難解な作品。
片腕が使え無い父と一緒に貧しくも変化の無い日々を過ごしていた娘、しかし徐々に日常が変わり始める。木食い虫の音がやみ、焼酎を求めて来た男が哲学的な何かを示唆するようなとりとめの無い話をする。
馬は走らず食べ物も水も摂らなくなり、流れ者が現れて水の礼に本をくれ、井戸は枯れる。
嵐がやんだ時・・・。
生々しいだた繰り返される日常により、一見すると現実世界の出来事を描いている様にも感じられるが、この映画に登場するのは父や娘、馬、吹き荒れる嵐など全て精神の世界が具現化されたもので、精神の崩壊を描いた作品だと感じた。
障害のある父や(既に亡くなっていると思われ写真でしか登場しない)母の不在は不完全さの象徴で、一見平穏に見える生活の中で絶えず吹きやまない嵐は、心を蝕む不安や苦悩を意味している気がした。
長回しを多用した遅い展開や台詞の少なさをはじめ、完全に芸術としての映画であり人を選ぶ作品だが、最後の表現には言葉を失った。
映画として、これ以上の表現は無いと思う。
監督のタル・ベーラが本作で引退を表明というのも頷ける。
映画館やそれに近い環境で見れば視聴者も作品内に取り込まれ、ニーチェの精神世界を体感できるのでお勧め。
"palinka"
老いた父親と年頃も過ぎたであろう娘、そんな二人の生活を描く六日間は静かでありながら不穏な空気と雰囲気が付き纏う、無惨に思える毛並みもボロボロな馬、食事は茹でて蒸されたジャガイモをそれぞれ一個ずつ、それを毎日食す、おそらくは一日一食のジャガイモ、娘は慣れた手付きで熱がらず、父親は熱さに耐えられない模様、必要最低限の生活用品や道具はある筈なのに素手で食べるジャガイモ、そんな貴重な食料を完食することは一度もなく。
ワンカット長回しとまでは言わないが、静止画のように映る映像が全て絵画のように思える美しさがある中に混沌としたディストピア表現があるようにも、違うか??
何も起こらない日常の生活を描いているようで起こる出来事は唐突に、地味に進む物語自体に展開があるようで無いような、そんな世界観に飽きる事はなく最後まで魅入ってしまう。
ジャガイモと馬
人間がなぜ「神」を創造したのか? 神や魂を信じるようになったのか? 生きるとは?命とは何? そのような混沌を感じながら、登場する二人の暮らしの繰り返しを僕は見ることになった。 新藤兼人の無声映画「裸の島」を思い出したが、異なる点は、この映画にはナレーションと多少の会話がある。そして二人は感情を控えている。映画を見終わると、5日間どうのよりも5日間以外の始まりと終わりが気になってくる。そして二人が血縁関係なのかどうなのか? 馬は死んだのかどうなのか?と考えているうちに時間切れとなり、バッサリ切られてしまう。 つまり僕は二人に相手にされず、二人について何も知らずに5日間お世話になったような、そんな気がしていたが、まてよ、実際は僕が死んでしまったのではないか? 「はい、あんたの一生はそこまで」とされてしまったような、妙な感じをおぼえたのであった。
ある意味、映画の究極
映画でしか作れない世界観。
ほとんどセリフもなく、映像・音楽・撮影技術だけでメッセージを伝え、無限の意味を視聴者に訴えかける。
一つ一つのシーンがまるで名画のような陰影な美しさがある。
物質的に豊かな現代では重ねることが難しいかも知れないが、この6日間は、実は「人生」の本質なのかもしれない。
世の果て感
今まで出会ったことの無い映画
正直すべて見終わるまで3日かかった。見ようと思って腰を据えても気付いたら寝てしまっていた。でも、それでも見たい!と思わせる不思議な引力がある映画。いやむしろ見なきゃいけないような気にさえなっていた。
ただ、すべて見終わって、色んな方のレビューをみて、自分は凄い映画を見たのだと身震いがした。
これほどの映画があったのだろうか。これまでのストーリーや役者ありきだった映画観が覆さるような体験。
淡々と繰り返される日常。残酷と思えるほどの。しかし、それでも人は生きていく。笑顔も娯楽も、思想や観念、生きがいすらない、ただ生きていくための無駄を一切ない剥ぎ取られたルーティンワーク。しかしそこに生を肯定し力強く生きる人の姿をみる。
ここまで無駄なくかつ強烈に人の生き様を描いた映画はないのではないか。
これまで起きてこなかった思わぬことが起き、少しずつ一刻一刻終わりが近づいていく。しかし、そこには静寂と、絶望の中にかすかにでも次に命を繋ごうとする底力がある。
生きようとする人間はほんとうに強いことを、この映画で見させられる。
何も飾らず、何も見せない。ただ流れる人生の一片を静かに見守っているだけだが、しかしこれほどまでに深く心に遺す、まさに名作。
映画館で見たかった、名作!
邦題が秀逸。
邦題が秀逸。原題は、A Torinoi lo。繰り返される日常をパンフォーカスで映し出される画像は圧巻。状況は刻一刻と悪くなって行き、
絶望的な状況提示は哲学的。「それでも食べていかねばならない。」主人公の台詞がぼくらの日常とオウヴアーラップする。
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