「代弁者」ものすごくうるさくて、ありえないほど近い 火猫さんの映画レビュー(感想・評価)
代弁者
キャスティングが、なんともまぁ、ヒット狙い見え見え・・・かなと思いましたが、『リトルダンサー』と同監督とあれば、見逃す訳にもいかないと出掛けましたが、溜め息が出るほど素晴らしい作品でした。
最初に誘われるのは、主人公の少年が父のクローゼットで発見した鍵の謎ですね。これこそが最重要アイテムとばかりに目を凝らして、謎解きの道程を追い続けましたが、あっさりと、これは本筋にあらずと断念。
初めからの読み直しを強いられますが、やっと気付きました。少年が抱える問題や悩みと、彼と出会う人達のそれが、なんと酷似していることか。
いえ、むしろ少年が彼らの代弁者であるとして観直せば合点が行くことが多いのです。
彼と出会う人達が、押し殺し心の奥底に隠し持っている澱を、少年は時に絶叫しながら吐き出してしまうのです。それが、それらの悩みを溶かし消してくれる行為なのです。
少しばかり『少年が癒される・・・』という宣伝コピーに影響され過ぎていたようです。彼こそが出会う人々を癒す旅なのです。
そのロジックに準じて読むならば、奇妙な同居人(祖父)は身体的な問題ではなく、まるで自らを罰するかのように沈黙を守っているのではないでしょうか。
それにしても、気まぐれで饒舌な少年と一言も発しない老人のコントラストは深く、こちらがどうやら本当の鍵のようです。
そして、このロジックでなければ、到底許されないような非道い言葉を、少年は母にぶつけてしまいます。しかし、その一言・想いこそが、彼女を身悶え苦しませ続けた、心に沈む毒であって、むしろ彼の口から吐き出されることで、やっと母もその想いから解放されるのでしょう。
本作のクライマックスは、安堵の涙など許さないほどの緊張を伴ってやって来ます。
父からの電話の声を少年は受け取れるのか、受話器をとれるのかどうか?
観る者は、少年がいかに感受性鋭く、その声のただならぬ意味を理解しているだろうことを知りながら見守るより他ありません。そして、あなたなら、その声を受けとめられるのか?受話器を取れるのか?ならば、何と言うのか?そう問われ続けるのです。
結果として、あの悲劇の瞬間を、決して風化することのない生々しい結晶にして閉じ込めるような迫真のシーンでした。
そして、その後悔の想いを秘めながらも、他者の痛みに共感し得る可能性を、希望として提示してくれたことこそ、本作の最大の価値ではないかと思います。