「今こそ観たい」灼熱の魂 Raspberryさんの映画レビュー(感想・評価)
今こそ観たい
冒頭、複数の少年たちが頭を剃られている。どこの子どもか分からなくするために。一人の少年が強い怒りの眼差しでカメラを睨みつけている。「あなた方は証人ですよ」「しっかり見てください」。そして最後に、これが重要なオープニングシーンだったことに気づき、それまでこの子を忘れていた自分を恥じた。
ギリシャ悲劇のオイディプスが神殿の前にあっても真相がわからないように、双子の子どもたちは神聖な遺言書を前に、この時点で何もわからない。
人物の背景描写は差し込まないことでストーリーの進捗に速度を与え、観客をストレートに筋に招き入れる。
プールの水や血の映像が印象的。血塗られて生まれた兄と対照的に、カナダ育ちの双子は水(潤いと自由)の中で自らを解放したり、互いを抱擁する。
芝居のような手法と映像がよくマッチしていたと思う。
“アイデンティティ”や“愛”なんて入り込む隙がない過酷な環境で、母と子を待っていたのは最悪の出会い。
事態は想像を絶する場面に突入し、オイディプスがたどり着いた自身の出自と犯罪にイメージが重なる。
ムスリムに訓練された息子はキリスト教派に転身し、キリスト教の母はムスリムの暗殺者に転身しているわけだが、二人の運命の交錯を見ると、人間にとって望むことは生きることと平和のみで、思想や宗教はたいして関係ないことが伝わる。
そして、暴力の連鎖が続く中で負の連鎖を断ち切るには第三者の力が必要だというメッセージ。公証人というキャラの存在が説得力を持たせていた。
もう一度冒頭のシーンに思いを馳せる。自分が誰かも知らず、誰にも愛されなかった少年。真実の愛を知ることで、自分が愛の存在であることを思い出してほしい、人間の心を取り戻してほしい。それが叶わぬのなら、母も人間として死ぬわけにいかないのだ。遺言の言葉が腑に落ちた。