「彼女こそが。」灼熱の魂 nagiさんの映画レビュー(感想・評価)
彼女こそが。
凄まじい。この作品のラストシーン、ミステリーの謎が全て解きほぐされたそのシーン、母がプールから顔を出し、「かかと」を視認したそのシーンで、その絶望と、恐怖に、劇場の観客の空気が一瞬にして完璧に凍りついた。私は鑑賞後、そのシーンを思い出し、ブルブル震えた。
ホラー映画ではない。自殺した母の謎の遺言によって、双子の姉弟が、いないはずの父と兄を探すことになる。というストーリーであるが、調べていくうちに母の壮絶な人生が明らかとなっていく。母はなぜ生き続けたのか、なぜ仕事はまともにこなせたのに母親としては最低であったのか...
exp(iπ)+1=0
ゆえに神は存在するとレオンハルト・オイラーは言った。
そんな神が、1+1=2 を 1+1=1 に捻じ曲げてしまったのだとすれば、あまりにも非情である。
曲も良い。Radioheadの5thアルバム『Amnesiac』から、
#4 You And Whose Army?
#10 Like Spinning Plates
が選曲されている。amnesiacとは、「記憶喪失」という意味である。
(以下ネタバレ)
彼女が生きたのは、母親としての息子への愛と、娼婦としての拷問人への復讐のためだったのだ。
彼女は息子をずっと探し続けていた。純粋なる愛によって誕生した神からの授かりものは、一族の常習から逸脱したものであったせいで、産後すぐに取り上げられてしまう。彼女は、彼女の愛の結晶を探しにいくが、道中、キリスト教とイスラム教の過激派による抗争に巻き込まれる(このバックグラウンドは勉強不足ゆえに全く詳しくないのが恥ずかしい限りなのであるが。)。クリスチャンであることを隠しながら乗ったバスはキリスト教徒の武装勢力により襲撃され、唯一助け出そうとした少女も殺害される。そして、息子の居場所だと思わしき孤児院を探し出したときには、そこはすでに攻撃されており、孤児らは行方不明。彼女はこの世に絶望する。
そして彼女の復讐劇が始まる。彼女はこの戦争の指導者に子供の教育係を装い近づくことで、彼の殺害に成功する。政治犯として捕まった彼女は、監獄に15年も収容されるが、歌を歌い、強い眼差しで睨みつけ、決して屈することはなかった。そこで激しい怒りを売った彼女は、外から来訪した拷問人により、レイプ、孕まされ、そこで子供を産み落としたのだ。
母は、釈放後、産んだ子供と共に新たな生活を始める... 双子の子供と共に。
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母の、プールサイドで見つけたあのかかとの印を持つ男の顔を見た瞬間の感情は、想像もつかないほどのものである。もはや文章におこすことも憚られる。そして、彼女は、双子に手紙を託し、それを彼に渡すことで拷問人への復讐と、母の愛をもたらすこと、それを完遂させた。彼は、ずっと探していた母が、顔も忘れていたあの収監者だったことを知ったとき、何を思ったろう。
そして彼を赦し、全てが達成されたこの時、その命を絶って初めて母は、双子を、我が子として真に愛することができたのである。
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オイラーは神は存在すると言った。ニーチェは神は死んだと言った。
クリスチャンであった母が、イエスから受け継いだアガペーという究極の愛の形。
皮肉にも、母から十字架を受け取った双子の姉は神とは対極の位置にあろう数学の道へ進んでいたのだが。
私は彼女の生き様にゴルゴダで十字架に打ち付けられたイエスの姿を投影せずにはいられない。
普段は無神論者の立場をとっているが、今は言おう。
彼女の生き様こそが、神の姿である。