るろうに剣心 : 映画評論・批評
2012年8月14日更新
2012年8月25日より新宿ピカデリーほかにてロードショー
次世代型剣鬼の出現と空間を引き連れたアクションの発動
近衛十四郎より速いのではないか。
若山富三郎よりも速いのではないか。
「るろうに剣心」を見て、私は思わずこう口走りそうになった。「柳生武芸帳」や「子連れ狼」のシリーズが、脳裡に蘇ったのだ。
もちろん、個人技では敵わないだろう。近衛や若山の殺陣は、なんといっても年季がちがう。試行錯誤やひらめきを繰り返し、超現実的な型と速度を獲得している。
こればかりは覆しようがない。が、対抗策ならあるのではないか。「るろうに剣心」の大友啓史は、ここで見事な工夫を凝らしている。
工夫のひとつは、強力(ごうりき)と脱力のコントラストだ。簡単にいうなら、剛と柔の対比。主役を演じる佐藤健に「柔」の部分を担わせる一方、敵役や助っ人の役に、ずらりと「剛」を並べる。このキャスティングは、相当に考え抜かれたものだ。
するとアクションが生きる。古典的な一騎打ちも光るが、乱戦のさなかでも個々のキャラクターが埋没しない。強力なヒーローが群がる敵をつぎつぎと斬り倒す従来の構図とは逆に、ここではスリルの持続時間が長い。
わけても私の眼を奪ったのは、悪役・鵜堂刃衛を演じた吉川晃司の存在感だ。
吉川は肩幅が広い。身長が高く、上半身が発達していて、背筋の強さを感じさせる。日本の時代劇ではめったに見られない悪役のタイプだ。それなのに、吉川には刀アクション(チャンバラと呼ぶと重量感が伝わらない)がよく似合う。次世代型の剣鬼を思わせる。
大友啓史は、そんな剣鬼を、佐藤健の柔らかさを引き出す形で生け捕りにしようとする。私が感じたのは、反射神経の鋭いキャメラと空間に対する嗅覚の連動だ。つまり、単なるアクロバットではなく、空間を引き連れたアクションの発動。これは見飽きない。若い俳優の台詞術にもうひと工夫あれば、この映画はシリーズ化されてもおかしくないと思う。
(芝山幹郎)