「誕生から60年経った今なお、微塵も色褪せぬ名作」スリ(1960) 牛津厚信さんの映画レビュー(感想・評価)
誕生から60年経った今なお、微塵も色褪せぬ名作
この伝説的な作品をまだ見ていないのか、と怒られるだろうが、その通りだと告白せざるをえない。一人の男の淡々とした独白と、雑踏の中で目線をゆっくりと動かしながら獲物を狙う表情。そこからの「動線」を周到に追いかけるカメラワーク。緊張感とはまた別次元の、ある意味、静謐さすら漂う映像の連なりがそこに刻印されている。とりわけ犯行の瞬間、手の動きを別アングルからアップで克明に映し出す魔術的なまでの美しさには、それが犯罪だとは理解しつつも、ただただ溜息がこぼれるばかり。おそらくは主人公が徐々に溺れゆくのも、この一連の動きの芸術性の高さゆえなのだろう。ただし、あらゆる魔法には午前0時の鐘が伴う。まっとうな人間の感情や暮らしに背を向けて生きてきた彼にも、その尊さに気づく瞬間がやってくる。この時、長い道のりの果てに見せる表情にも一切の無駄がない。誕生から60年が経った今なお効力を失わず観る者を惹きつける名作だ。
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