センチメンタルヤスコのレビュー・感想・評価
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ここに、ある理由
「ベロニカは死ぬことにした」で、その繊細かつエロティックな描写に注目を集めた堀江慶監督が、若手女優の登竜門「ケータイ刑事」シリーズの岡本あずさを主演に迎えて描く、サスペンス映画。 創意工夫への情熱が活きる、快作である。作り手自身が旗揚げした劇団の物語を映画に持ち込んだ作品だが、誠実に「舞台劇」としての色を汚さず、映画というスクリーンに再現してみせた。 ある一人のキャバクラ嬢が、意識不明の重体で病院に搬送された。病院の待合室に呼び出されたのは、生死の境をさまよう女性「ヤスコ」の携帯にアドレスが登録された7人の男・・・。 刑事と、証言者の一人を道化回しに落とし込み、極めて重苦しい作品の雰囲気の中でも、軽快に繰り出される台詞の応酬という、演劇的な「動」。そして、最終的に残されていくキーパーソンの追憶を映像の圧力で叩き付ける、映画的な「静」。 なぜ、舞台作品を敢えて映画で再構築する必要があるのか。その意義、主張が明快に打ち出されており、清々しい。 演劇作品を映画に置き換える物語は、世界中に数多く存在する。その中で本作が傑出しているのは、映画という舞台にあって、「演劇作品である」という事実を、おおっぴらにひけらかす覚悟の在り方だ。 「持たざるもの」と「持つもの」を露骨に切り離し、待合室というステージを疑惑と違和感に満たす、ステージの演出術。「抒情」という映像の特権に頼らず、言葉の不合理、掛け違いで世界を捻じ曲げる台詞への信頼。舞台という世界のもつメリットを理解し、表現する能力を遺憾なく発揮している。 終盤における強引な物語の引っ張り。紋切り方の幕引きなど、手放しで賞賛するには惜しい弱さも多々ある。配役も、その道にこなれた役者で固め過ぎた為に、化学反応に乏しい。だが、究極に可憐、かつキュートな岡本や、引きこもり青年の弱さと甘やかさを素直にみせた我妻など評価すべき役者の存在もある。 何やら、思わぬ掘り出し物に出会えた。そんな印象の、小さく、魅力的な一本だ。
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