「スリルと笑いを融合した良質なサスペンス映画」ミケランジェロの暗号 マスター@だんだんさんの映画レビュー(感想・評価)
スリルと笑いを融合した良質なサスペンス映画
まず、意味深なタイトルが巧妙。
原題の「最良の敵」(直訳)で、いったい誰がこのような地味な映画に興味を持つだろう?
実際には“暗号”というほど大袈裟なものではないし、“暗号”めいた父の言葉で直接ナチスが翻弄されるわけでもないのだが、なんとも興味をそそられる邦題ではないか。
一家がナチスに奪われたミケランジェロの絵は贋作で、本物の在りかを知っているのは父親のジャコブだけ。そのジャコブも〈ある言葉〉を息子ヴィクトルに残して収容所で亡くなってしまう。ナチスが贋作に気づくのはそのあとだ。
だがジャコブにはその言葉の意味が分からない。
実は、ほとんどの観客がこの時点で本物の絵の在りかに気づくはずだ。ここがこの作品の重要なポイントだ。この作品は、観客に推理させることが目的のミステリー映画ではない。
ヴィクトルと、彼を裏切った親友ルディのどちらが本物の絵に近づくか、本物の在りかを知ればこそ生まれるサスペンスを楽しむ映画だ。
ヴィクトルを早く絵に近づけ、ルディを本物から遠ざけたいという感情移入が否が応でも高まる。
そこにヴィクトルとルディの入れ替わりという、まさかの離れ業をはめ込む。ふたりの攻防と駆け引きはもちろん見どころで原題が生きてくるが、ふたりの身元を確認しようとてんやわんやするナチスの上層部を嘲笑うかのような脚本が力強い。さらに、母ハンナを収容所から救い出すという、薬味をもうひとつ加える念の入れようだ。
そしてこの作品は、〈ナチスとユダヤ人迫害〉というテーマを扱いながら暗くならない。むしろ、スリルと笑いをバランスよく融合した良質なサスペンス映画に仕上がっている。
こうした作品が生まれる背景に、タランティーノの「イングロリアス・バスターズ」(2009)のような作品が影響したかどうかは定かではないが、これまでとは違った作風でナチスを風刺するカタチが出来上がりそうだ。
元はといえば、カウフマン一家に育てられながら、一家の裕福さ、とりわけ同年代のヴィクトルの地位に嫉妬したルディの行動が発端だ。ルディはいつしか人を勝ち組と負け組に別けるようになっていた。
ほんとはルディにも勝ち組に入る機会がじゅうぶんに与えられていたのだ。ラスト、ヴィクトルとルディの閒を隔てたウインドウガラス。ルディが向こう側に行くために欠けていたもの・・・、それは〈誠実〉だ。