007 スカイフォールのレビュー・感想・評価
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ヴィンテージの香りがする007。
◯作品全体
ジェームズ・ボンドシリーズとしてのヴィンテージの香り、というのもそうだが、演出もヴィンテージの香りがした。
例えばサイバーテロリスト特有のハック画面。コラージュ画像で標的を嘲笑う、あの感覚はヴィンテージ。ただ、Mに対するシルヴァの感情を考えると、少し方向性が違うような演出にも感じた。一方でMへの執着が上司と部下というよりも母と子のような感覚も感じたので、子供のからかいとして見れば、あのハック画面は関係を示すのに有意義だったのかもしれない。
サイバーテロによる国家機関への攻撃、と考えるとイギリス国家対テロリストではあるけれど、物語が終盤に進むにつれ、元MI6職員の怨嗟による個人的な復讐劇になっていく。過去にも関わる物語で、ストーリーラインやスカイフォールの生家にもヴィンテージの香りがあるが、ジェームズ・ボンドシリーズの、そしてスパイ映画として国家や組織の思惑をも巻き込んだ、スケールの大きい物語を期待していた身としては少し肩透かしではあった。
物語を振り返ってみると組織だったり国家の謀略の要素は薄くて、キャラクターエピソードの色が濃い。今までの作品もボンドのキャラクター性で物語を進めるものが多かったからその点もヴィンテージではあるけれど、「ヴィンテージ」と「古臭さ」は背中合わせだなぁ、と感じたのも事実だ。
◯その他
・列車の上のアクションでトンネルとか障害物がある時に一旦戦闘中止するの、何回見てもシュール。
・他の方の感想で、女性に対するボンドのジェントルマンっぷりは無情さの裏返しである、というような趣旨のことが書いてあって膝を打った。ボンドガールはボンドに接近することを自分の意思のように感じている(ように映す)けど、ボンドは仕事の上で利用してるだけなんだよなぁ。たとえ不幸になろうとも納得してそうしてるならラブロマンスでいいじゃん、というのもわかるけど、最終的の自分を不幸にすると分かった上で近づく・近づかせるのってもやもやしちゃうな。
連載打ち切り漫画かと思ったわ
「ユア・アイズ・オンリー」がマイ・ベストと思っているぐらいだから、007には何の思い入れもない。
だいいちそもそも007をマジメにレビューしようとするのが、間違いのような気もするが。
そんなおっさんのオレだから、アストンマーチンやワルサーには何の感動もなく、やるならロータス・エスプリやジョーズを出してくれって世代。
スキーアクション見せろやっ。
Mのババアをボンド・ガールと言われても、マザコン2人のババア争奪戦にしか見えないわけでさ。
それでもボンドのスーツ姿には憧れるわけで、彼の一挙一動にいちいち目が行くのも007ならではの楽しみではある。あんなふうにスーツが着られるのなら、いくらでも鍛えてやるし、稼いだる、と空しい努力さえも促してくれる。
いかにもな、アデルのテーマソングは、いかにも過ぎて、という印象が初聴時に思ったが、やはりあの絵には映える。
全体の印象としては、ぶっちゃけ「007がダークナイトになっちゃった」。というか「真似ちゃった」というか「パクっ・・・」
今回の敵はもったいぶったわりに、意外と普通の逆恨みする男だった。
ジョーカーパクリの計算づくのつもりが意外とあっさり。ババアにマザコンまるだし、マザコンに何のメリットがあるのか、部下もなぜか多く、資金も豊富。そのくせそろいも揃ってボンドとMの逃避行にお付き合いするバカども。
どこがシリアス・ボンドなのかさっぱり分からないが、楽しい。
今回Mが一生懸命自己弁護に躍起になるのだが、正直ウザいし、なにか物凄い恐ろしいことを主張しているような気もする。
本編盛りだくさんなのは、間違いないのだが、なんか色んな意味でずれちゃってたり、喰い足りなかったり、間違っているなあと思ってみてたんだけど、ああ、なるほど、ラストにアレを持ってきたと言う感じは、あれだ、
「新たなる仲間と共に、007は今日も任務につく
完」
(これまで応援ありがとう!次回作の構想のため、しばらく充電します。作者 談)
ああ、この感じだよ、なんか急いでいろんなエピソードつめて、完結編っつてもおかしくないようなお話なんだよな、ボンドももうオレおっさんだし、とか。おい、3作目でもうそれかよ?
まあ、この路線ではこれが限界のような気もする。
だからであの終わり方ではこのシリアス(笑)路線の次回作を期待できるはずは無い。
だから次回作はきっと、50歳のボンドがスーツでスキー滑って、ロータス・エスプリで海に潜って、ジョーズと戦って、宇宙に行って、黒人ガールと戯れ、敵はメリル・ストリープ。テーマソングはフローライダーでエロエロ。
ねえ、そうしようよ。
タイトルなし(ネタバレ)
全シリーズ観てるけど、今回はシナリオが軽すぎる。まず、MI6本部が爆破されたり、ロンドンのメトロが爆発テロにあったり、議事堂まで襲撃されるほどの大事件が簡単に起こりすぎてる。敵役がいくら元諜報員だからって、組織的なテロを最高レベルのセキュリティを破って実行できる背景の説明かなさすぎて説得力に欠ける。
そもそも、冒頭、ボンドが撃たれて死んだと思わせてからの実は生きてたの説明も何もない。ボンドだから不死身なんだよって?いくらなんでも雑すぎる。
一番大事な敵役がMに忠誠を誓ってきたのに裏切られたから復讐するという設定にしても、その設定では、犯人が暴走したというより、Mこそ悪党と思えて、Mに共感できない気持ちが芽生えてしまって、感情移入もできない。マカオの美女と出会うまでのシナリオも、ボスに引き合わせるまでの流れも安っぽくて白けた。
ボンドファン狙いの仕掛けもたくさん用意されてたけど、それも含めて、こういうので喜ぶんでしょ?みたいな下心が白々しかった。ダニエルクレイグのシリアスボンドはかっこいいんだけど、コネリームーア時代のコミカルボンドの設定と不調和で、正直、満点評価多いのにはびっくり。
導入部のアクション・シーン及びタイトルバックには、素晴らしくて痺れてしまった。
サム・メンデス監督による2012年製作のアメリカ映画。
原題:Skyfall、配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
最初のイスタンブールでの闘争劇〜対決シーンが素晴らしい出来。屋根の上をバイクで疾走する、列車が切り離れる瞬間に工事用車両利用して乗り込みを図る等、アクションのアイデアが実に素晴らしい。そして、列車の上でボンド相手に組み合う敵を射撃するが、河に落下したのはボンドで、水中に落ち、そこからタイトルバックに繋がっていく流れは、バックで流れる主題歌も含めて、とても美しく官能的でもあった。
光の海の様な上海のビル群の夜景と絡めての撃ち合いも、実に絵になっていた。冒頭のシーンでのヒビが入った窓ガラスをぶち割っての派手な運転から、ボンドを助ける援護射撃、ボンドのカミソリによる髭剃り等、全編を通して、新人工作員イヴを演じた黒人女優のナオミ・ハリスが知的で妖艶でカッコ良く、ファンになってしまった。
最後の方は、スコットランドのボンドの生家での戦いであった。隠れ通路等も使い、色々と考えられていたが、折角の設定なれど斬新性では今一つの印象であった。
官僚的に見えたレイフ・ファインズが意外にも銃撃戦が得意で有ることが示されたが、M
がジュディ・デンチから彼女の死により、レイフ・ファインズに世代交代することになった。また、Qも若造ベン・ウィショーに変わり、かなり年寄のボンドだが、彼が若いイヴやQと上手く協力して闘っていくことも、映画のテーマとなっていた気がした。
製作はマイケル・G・ウィルソン、バーバラ・ブロッコリ、製作総指揮カラム・マクドゥガル。脚本ニール・パービス、ロバート・ウェイド、ジョン・ローガン、撮影ロジャー・ディーキンス、美術デニス・ガスナー、衣装ジャイニー・テマイム、編集スチュアート・ベアード、音楽トーマス・ニューマン、主題歌アデル。
出演はダニエル・クレイグ(ジェームズ・ボンド)、ジュディ・デンチ(M)、ハビエル・バルデム(シルヴァ)、レイフ・ファインズ(ギャレス・マロリー)、ナオミ・ハリス(イヴ)、ベレニス・マーロウ(セヴリン)、ベン・ウィショー(Q)ベン、アルバート・フィニー(キンケイド)、ロリー・キニア(タナー)、オーラ・ラパス(パトリス)。
イギリスを楽しめる
最近、まとめて007を観ていると、ストーリーがごちゃごちゃになるので、自分の記憶のための記録。
公開当時、劇場で観ていたが、やはりほぼ忘れていた。
列車の上で、ボンドが撃たれたが、撃ったのが、まさかのマニーペニーとは!映画ラストのあたりで、秘書になる前の秘密がわかり、びっくり!
MI6の爆破シーンもインパクトがあった。
その後の新しい拠点も、イギリスらしいところで大好きな雰囲気だった。
あと、私のお気に入りのQが今回から登場している。美術館で初めてボンドと会ってたんだね、忘れてた。
そして、上海のシーン。
ビルに映るクラゲが幻想的で美しかった。
暗殺された人の部屋には絵画。
私の大好きな画家の1人、モディリアーニ。
『扇を持つ女(ルニア・チェホフスカ夫人の肖像)』(1919-1920)は、パリ市立近代美術館から2010年に盗まれたまま、現在も行方知れずのもの。調べると、007の第1作「ドクター・ノオ」でも、実際に盗難にあった絵画が出てくるらしい。そのオマージュなのか。
そして、そこで出会うセブリン。美しい女性。悲しい生い立ちみたいなんだけど、最後も殺されてしまう。ここは、助けて欲しかった。007って、生きていてほしい人が死んでしまうから、辛い。映画だから悲しいシーンもいるんだろうけど、わかっていても、幸せになってほしい…。
長崎の軍艦島の撮影もよかった。
ヘリがたくさん助けに来るところもスカッとするシーン。
あとは、ロンドンのシーン。
古めかしい歴史ある地下のMI6。イギリスっぽい。
昔住んだことのあるロンドンは大好きなので、地下鉄のシーンも楽しかった。
最後はスコットランドへ。
イギリスの大自然を見ることができたのは楽しかったけれど、なんで、そこに!って思ってしまうよ。
あそこに逃げなければ、M助かったんじゃないのー?って思ったけど、ジュディ・デンチもそろそろ年齢的にも引退なのか?その最後の終わり方としては、良いシーンだったのかもしれない。古典的な戦い方も、まぁまぁ面白かった。
全体的に、サスペンスのようなストーリー展開はとても楽しめた。ボンドもMも、悪役も、それぞれの人間らしいストーリーが垣間見れて、良い作品だったと思う。
そして、アデルの歌う「スカイフォール」最高だ。
ということで次のシリーズへ。
タイトルなし(ネタバレ)
最初見た時は面白かったけど、今見たら、これって、ただのITセキュリティ事故なんじゃ。。と思ったら、微妙になりました。
新たな姿を見せてくれた007に乾杯。
カジノロワイヤル、慰めの報酬とはまた違った007。何が違うって、ボンドが全盛期の彼ではなくなってしまったってこと。そんな一度は地に落ちたボンドが、信念を胸に這い上がってくるのは、彼が007である所以だからなのでしょう。
シリーズ最高傑作といわれているだけありましたね!素晴らしいカメラワークから映し出されるアクションシーンも最高。またとっても豪華なキャスト陣でした。
そしてMとの絆。互いを信頼しあっていた、2人の関係を描いた作品でもありましたね。
ダニエル・ボンド:新たなる希望
ダニエル・ボンドシリーズは、一作目カジノ・ロワイヤルで華々しくデビュー、続編的二作目の慰めの報酬(なんちう邦題)で少し熱を冷ましつつ一作目の因縁にかたをつけて終わる。
そして開幕する第三幕では、あまり語られることのないボンドの素性に踏み込むともに、過去作以上に深く付き合ってきたMとの別れがあり、そして次作にもつながるチームとの結びつきが描かれる。一作目二作目が孤独なエージェントの物語だったのに比較し、新しく、しかし何故か我々観客には懐かしいバディ達。辛い過去の物語にケリをつけ、これによりダニエル・ボンドは新章に突入するのだ。(と言いながら次作ではより一層の過去に縛られている事が明らかになるのだが…。)
特に気に入っているのは、エージェント・イブとして登場した彼女が、あらもしかして?となったあとにやっぱりその名字なのね、ってとこ。いい名前。
やっとここまできた
世界中を飛び回って、ついに舞台はロンドン。ロンドンの街並みに馴染むボンドがかっこよかった。それにしても悲しみの連鎖は止まらない。Mがぁ…やっぱり最初からずっとかっこよかったジュディディンチさんがぁ…悲しかった
反抗期007「クソババア」
勝手に「NO TIME TO DIE」公開前祭り第3弾!!
007は冒頭のアバンタイトルで、1つの作品になってしまう!スゴイ!!
なので本編を全部見るより、ジェームズ・ボンドに会いたいときは、冒頭だけヘビーローテーションしてしまう……
「SKYFALL」は特に♪
作中、ボンドの年を感じさせますが、欲をいえば本作の前「慰めの報酬」の後に2作品ほどあってほしかったです!!
「007は時代遅れ」...課題の克服に失敗
最新作『ノータイム・トゥー・ダイ』公開を前に、クレイグ主演作を全作品、再鑑賞した。
【総評】「007は時代遅れである」という課題を設定した本作。「いかに新しい007を提案するか」が期待されたが、現代的なジェームズ・ボンド像を構築するのではなく、古風なもののよさを提示するにとどまった。中盤の悪役の登場、物語の展開、アクションギミックにおいては『ダークナイト』に多くを依存したが、テンポの良さや興奮に欠ける。「これまで確立されたボンドの魅力を継承しつつ、現代的諜報戦に落とし込む」ことに成功していない。終盤は過去の反復であり、むしろ後退している。
【あらすじ】NATO諜報部員の氏名が掲載されたリストが奪われた。
リスト奪回のため、ボンドは男を追跡し、格闘するが、味方による誤射で落下。行方不明となる。
狙撃を命じたのは、上官の「M」だった。
一命を取り留めたボンドだが、Mに対し、複雑な感情を抱く。
同じ頃、Mは引退を勧告される。
スパイという諜報のあり方は時代遅れだと、MI6は組織再編を迫られていた。
肉体的・精神的に疲弊したボンドと、時代遅れだと扱われるMを、過去の亡霊が襲う。
Mによって使い捨てにされたと恨む、元MI6部員「シルバ」が、MのPCをハッキング。
MI6のシステム内に侵入し、本部を爆破する。
諜報部員リストを盗ませたのもこの男だった。
最新のハッキング技術を有する、自らの分身と対峙しつつ、ボンドは「ダブルオー」の価値を証明する戦いに臨む。
【ポイント】OLD VS NEW/新VS旧
【解説】「007は時代遅れである」。これは単に、劇中において時代遅れ扱いされているだけではない。映画としての007の危機を表明しているのではないか。
なぜなら、007ほどリアリティに欠けるスパイはいないからだ。
公衆の面前で騒ぎを起こす人物が、隠密・機密重視の諜報活動をできるわけがない。
ジェームズ・ボンドの生態は実際のスパイ活動からかけ離れているが、大画面のアクション・女性とのロマンス・ブランド物の衣類・ワクワクするような車やガジェットによって作り上げられた、「魅力的な男性像」が、これまで観客を満足させてきた。
「007」とは、「強く、モテる、金持ちの男」という理想の男性像を提示する映画だ。
「スパイ」とは、2時間以内の起承転結に都合のよい設定に過ぎなかった。
「本物のスパイを描く必要はない。非日常によって観客を満足させる」。
これが旧来の007のスタンスだった。
伝統的007はむしろ、『インディ・ジョーンズ』のような冒険活劇に近い。
だが21世紀に突入し、スパイ映画の潮流が変わってくる。その象徴が『ボーン・アイデンティティ』(2002) だ。
「ボーン」は、格闘・アクションといった画面映えに比重を割きつつも、より現代的な工作員の姿を提示した。
特に、3作目『ボーン・アルティメイタム』(2008)の前半部、駅での戦闘は、「オペレーション」としての諜報・工作活動をよりリアルに、生き生きと伝えていた。
群衆に溶け込み、現場と作戦室とがリアルタイムに情報伝達しつつ、明確な目的のもとチーム行動する。
非常にカットの多い構成。作戦関係者は膨大な数にのぼり、主人公はその中の一個人に過ぎない。
伝統的007が体現するのは国家を代表するヒーローだが、「ボーン」が描くのは、「いち個人が、現代社会、我々の日常生活の中で、どこいるのか」ということだった。
「アルティメイタム」の舞台は現代NYをはじめとする先進国の都市部。
「非日常」を追い求め、発展途上国や高級ホテルでアクションを繰り広げる「007」とは異なる。
ボーンは、ボンドのように観光をするのではない。都市で生活をする我々の近くに溶け込んでいる。
このような「リアル」なスパイ映画の浸透によって、観客は、スパイ映画をリアリティの観点から評価するようになった。
国家安全保障上、主人公の活動はどこに位置づけられるのか?活動目的は?作戦実行手段は?チームメンバーは?一般人になりすまし、目立たずに作戦遂行できているか?
ネットニュースの話題になるスパイは、「非現実的」だと相手にされない。
これからスパイ映画を作成しようとする人は、ボンドのような派手なスパイを描かない。
スパイ映画に対して問われる「リアリティ」には、また別の種類がある。
『ミュンヘン』(2005) 『裏切りのサーカス』(2010) 『誰よりも狙われた男』(2014)。
これらの作品が、ハッピーエンドでは終わらないスパイ像を提案してきた。
工作員の支払う犠牲を描く作品が、続々と好評を得るようになってきたのだ。
悪役を倒す映画だけではない。主役がモテる映画だけではない。
生活を犠牲にし、危険におかすにもかかわらず報われない人物を描く映画が評価されている。
ヒーローであるはずのバットマンすら、『ダークナイト』(2008)において、スパイ風の「リアリティ」ある自警活動を披露した。その終わり方にも若干の苦味がある。
以上のような「実際の諜報活動を目指し、決してハッピーエンドでは終わらないスパイ像」という要請は、007に対しても向けられる。
シーン1つ1つにつき、「現実的か?」「ありえない、荒唐無稽なものではないか?」という観点から作品が吟味される。
「こんなシーンはありえない」という指摘が、一般人の観客から飛んでくる。
視聴者に夢を見させればいいのではない。憧れの男性像を提示するのでもない。そういった007が要請される。
『スカイフォール』序盤に「007は時代遅れだ」という問いを自ら投げかけ、こういった要請に応えようとしたのではないのか。
「旧VS新」という構造を設け、そういった問いに対して回答するのではないのか。
「現代的ボンド像」の方向性が示されるのではないか。
『スカイフォール』を見ながら自分が期待したのはそういったことだった。
完璧なスパイである必要はない。本物のスパイを描くならば007である必要はない。
だが、これまで蓄積されてきた「007」の魅力を持ちながらも現代的活動を行うボンドが見られるのではないか、と期待したのだ。
序盤でボンドに負傷させ、失踪させ、彼の没落を印象付ける。
MI6の組織改編により、スパイの不要性を主張する。
ボンドにはMへの不信感を抱かせ、内部崩壊を促す。
Qというハイテクエンジニアが、フィジカル頼りのボンドに取って変わろうとする。
悪役の登場が、さらなる追い討ちをかける。
彼の得意とするハッキングが、フィジカル頼みのボンドを否定する。
Qによって使い捨てられたことを恨む彼が、ボンドと同じ立場で、Qへの忠誠心を揺るがす。
スパイ不要論と感情的揺さぶりを以って、007を消そうとする。
このまま007が消えてしまえば、ボンドの人生は終わる。
007の物語は終わり、続編を作ることはなくなる。
だがそれでいいのか。ボンドは戦い、勝ち残るべきではないか。
しかし007はなぜ戦うのか。何のために戦うのか。
観客は、彼の人生がまだ続いて欲しいと願うだろうか。彼の魅力とは何であろうか。
ストーリーテラーが答えを出すべき問いは、以上のようなものだった。
【オチ】ハイテクを駆使する敵に対抗し、ストーリーテラーが用意したのは「アナログなロケーション」だった。
スコットランドの一軒家。
丘陵地帯、孤立する石造りの建造物。
周囲一面が低草と岩に覆われ、ほかに人工物は見当たらない。
この「スカイフォール」がボンドの生家だ。
電気や水道が引かれているのかも定かではない。
もちろんインターネット回線など通じているはずがない。
この家には、ハッキングの対象となるドアやパイプがない。
シルバが得意とするハック能力は、この場所の攻略する役には立たない。
したがって、ここに彼をおびき寄せることができれば、フィジカルな勝負に持ち込むことができる。
この「アナログ」が、ボンドの価値を証明する場所だ。
しかしどうだろう。
「ハイテクに対抗する手段はフィジカル」なのだろうか。
「ハイテクのない場所で、フィジカル勝負に持ち込んだ」に過ぎない。
現代諜報活動の基本に通信があることを踏まえると、通信のない場所で勝ったからといってボンドの価値が証明されるとは思えない。
「生まれた場所に帰る」ことで、原点回帰を意味したのかもしれない。
あるいはボンドにスーツを着せず、一人の男としてその場に立たせることで「今までのボンドのイメージを一旦無に帰す」ことを企図したのかもしれない。
それにより、「ボンドのイメージの再構築がはじまる」ことを意味するのかもしれない。
Mという母親代わりの存在を殺し、新たな人物をMI6の長官に据えることは、「親離れ」「独り立ち」を暗示するものだったのかもしれない。
だが、「これまで構築されてきたボンドのイメージを一旦ゼロに戻す」だとか「ボンドは通信技術に長ける相手に勝利した」と宣言したところで、ボンドは現代的な諜報戦から逃れることはできない。
たまたま通信技術のない未開地で戦闘が行われただけで、今や世界中に通信網が張り巡らされている。
敵地を遠隔操作することも可能であり、何も肉体的に危害を加えるだけが敵を無力化する手段ではない。
個人、ボンドに直接攻撃を加えなくともよいし、組織のレピュテーションを下げればよい。
ボンド側の対抗手段も、そのような、遠隔的で非・物理的な攻撃に対するものだ。
あえて悪役に「ハイテク」を象徴させ、現代的なボンドに仕立て上げるのであれば、対抗手段もまた、「ボーン」風の、通信技術を用いたチーム戦であって欲しかった。
格闘シーンももちろんあっていい。ボンドが担う役割はフィジカルなものでもいい。
何も彼に「Q」のようなiTエンジニアの役割を背負わせろというのでもない。
むしろ役割分担に基づき、多くのチームメンバーが緊密に連絡を取り合い、明確な指揮系統のもとで作戦を実行する姿が見たかった。
今回のボンドは真逆だ。
ボンドとMと老人の3人だけが、役割分担もなく、情報共有もなく、指揮系統もないまま、行き当たりばったりの戦闘を行った。
一切の電子機器を廃した、素朴な抵抗が行われた。
それは爆発を伴うものではあったものの、必ずしも大画面の迫力を活かしたものではなかった。
従来のボンドと異なる。傭兵部隊との攻防でありながら、ミニマルな戦闘だった。
愛車のアストンマーチン「DB5」を最後には破壊し尽くしたのも、「ボンドは変わる」という意思表示であったのかもしれない。
だが結局、続編の、『スカイフォール』に続くサム・メンデス監督作品である『スペクター』は従来的な大迫力のアクションエンターテイメントであったし、『スカイフォール』本編自体も「ゼロに戻そう」という提案をしたのみで、新しいボンド像を展開したわけではない。
MI6の破壊も、新しい基地の設立も、芝居がかった悪役の登場も、一度捕まって脱出する展開も、彼が警官の姿をして逃げる姿も、ボンドの背後から地下鉄の車両が迫り出してくるギミックも、『ダークナイト』をあまりに参考にし過ぎており、しかし失敗している。スリリングなテンポ感、興奮において。
前半部分で「ボンドは時代遅れだ」という設定をしたはいいものの、アジアでのシーンを経て、中盤のロンドンのシーンは『ダークナイト』を参考にした独自性のないものであり、終盤部分は「古風」「素朴さ」「原始性」に回帰するのみであった。
自ら設定した課題を克服することができなかったと言える。
新しいボンド像の提案はなかった。
なんかスケール小さい敵だな
シルヴァが個人的な恨みでMI6を襲うのは
スケールとしては小さい気が。。。
なんか変にマザコンみたいになってるし。
個人的な趣味なんだけど草原での銃撃戦が好きじゃないんだよね。
予算の少ない映画ってイメージがあって。
せっかくの大作は敵の基地だったり、市街戦じゃないと
迫力ないよね。
最後唐突にボンドの生まれ故郷にやってくるけど
ボンドの幼少期の話を一切触れなかったのに、
故郷に戻っても感慨深いものとか一切ないよね。
なにあの管理人のおじいさん。
誰だよ!って思っちゃったよ。
タイトルにスカイフォールってつけてるんだから
スカイフォールについてもう少し触れようよ。
スクラップ&ビルド
公開時、映画館でも観ていたのだが、正直あまり良い印象が残っていない、何故だったのかの思いもありBSで放送していたので録画視聴してみました。
やっぱり流行の露悪趣味が鼻につく後味の悪い映画だったと再認識。
先ず定番のアバンタイトル、トムクルーズさながらのバイク・シーン、列車の屋根での格闘と既視感満載、無駄に車を壊し過ぎるし、なんと列車までブルトーザーで破壊、普通、これだけやれば運転手は異常に気付いて列車を止めるでしょう。あげくにボンドが仲間に撃たれて河に大落下、スカイフォールとはこのことか・・、実家の地名とは知らなかった。
大体、アバンタイトルでは痛快な作戦成功の寸劇で観客のハートを掴むのだが真逆の展開、見せ場重視の従来の作風を壮大に皮肉っているのでしょうか。
流石、不死身のボンドかと思いきや復帰のボンドを総合診断、ポンコツ扱いしたかと思ったら、政府すら、時代遅れのMI6は無用の長物と全否定。Qまで世代交代の今風オタクに様変わり。
冷戦も終わり、企業マフィアもやり過ぎたからか、敵役も「ダークナイト」のノーラン監督風の病んだ異常者に衣替え。
軍艦島を模した廃墟の島でかかる音楽は洒脱でコミカルなシャルル・トレネの「ブン」、およそ似つかわしくないものをあえて持って来て、助ける約束の美女まで見殺し、監督の露悪趣味には唖然とします。
北欧風の冬のスコットランドの古い屋敷、おそらく歪んだ母子愛の顛末の舞台としておあつらえなのでしょうが「ドラゴン・タトゥーの女」のミレニアム色まで借景の感、そもそも多勢に無勢で迎え撃つ作戦にどんな勝算があったのか理解不能、案の定Mを守りきれませんでした。
唯一、心躍ったのは懐かしのアストンマーチン、007のテーマをバックに走る姿にはやられました、つくづく、私はオールド・ボンドのファンと再認識した次第。なんと、その名車もヘリの機関砲で無残に破壊、胸が痛みます。ここまでの否定づくしの流れから時代の仇花も役目を終えたかと思いきや新しい官僚丸出しのMのもと喜んで任務続行とは釈然としません・・。
かくいう私も作りはどうあれ007とつくと観られずにはいられない性分、困ったものです。
真のボンド・ガールは、M?
個人的に、カジノ・ロワイヤル、慰めの報酬とイマイチ好きになれてなかったMに焦点をあてた作品。そんな僕のM嫌いな気持ちを察したかのように、Mの手法に裏切られた過去があり、恨みをもつシルヴァが敵役で、かつMの悪手ともいえるような作戦判断ミスにより責任を問われる展開で進んでいく前半のストーリーは個人的に入り込みやすかったです。
そして、グレイグ・ボンドの代名詞のド迫力のアクションも健在!冒頭のラン、バイク、車、列車を織り交ぜた追跡劇で、ガッチリ心掴まれ、シルヴァの何重にも先読みした作戦行動に感心されられ、翻弄されながらも地道に徐々にシルヴァに迫るボンドとQを応援し、とずっと心動かされる展開が続き、目が離せませんでした。
そして、このQの存在がまたいい!Q役のベンウィショーが絶妙にいい感じですね。あの飄々と淡々とボンドをサポートする感じが見ていて楽しいし、ボンドとの追跡中の会話も小気味よく粋な感じがいいバディ感がありました。今後もこの2人のバディは楽しみです♬
そして、スカイフォール、ボンド生家でのシルヴァとの決戦。銃撃戦、トラップの攻防戦、最後の大炎上と、映像の迫力的にも申し分なかったし、ボンドとMの絡みもよかった。やっぱり、最後まで、ボンドがなぜMを信頼して、慕っているのかという理由は理解はできなかったけど、それでもいいんじゃないかなと感じました。一長一短で理解できるような容易い関係ではないだろうし、この2人の間に確かに信頼、敬慕があることが感じられましただけで十分です。最後の「私は1つ 正しかった。」の答えを明示しなかったのがまた粋ですね。果たしてMはなんと言いたかったのか?「ボンドを復帰させたこと」?「ボンドの作戦に乗ったこと」?はたまた「ボンドを00に採用したこと」?想像が膨らみますね♬
全然関係ないですが、途中から、シルヴァが志茂田景樹さんにしか見えなかったです(笑)
Qがサポートに入り、マニーペニーが秘書、Mが男性に変わり、ザ・007な布陣になって、次回作へのワクワクが募ります。
ところで、前作までの謎めいた黒幕ミスターホワイトはどこ行っちゃったんでしょうか?
At Skyfall. 最後の一匹
「スカイフォール」って何だかカッコいい響きだけど、どんな意味があるんだろう?暗号とかかな?オープニングでのアデルの歌詞は「空が落ちる」と訳されてるな。んー、直訳。等と思って観ていたら、まさかの地名でした!!
という訳で2020年のダニエル・ボンド最終作へ向けて観直し007の第3回です。本作も面白かった!
今回はトルコから始まったボンドさん。その後、避暑地でやさぐれて、ロンドン、上海、マカオ、そして軍艦島っぽい何処かを経てからの再びロンドン、最後はスコットランドのスカイフォール(実際の撮影はグレンコー)でした。
本作のボンドさんはいきなりトルコで撃たれてたのでビックリ!しかも味方に。そりゃいくらボンドさんでもやさぐれますわ。完璧にスネちゃってました。それでもMI6の危機にはちゃんと戻って来るのが良い所。でも自堕落した分テスト結果はボロボロの赤点。Mの情けもあり現場復帰。
そこから大きな市場中国への目配せをちょっと感じる上海へ飛んで、マカオでボンドガール発見!と思ったらあっさり捕まっていかにも怪しげなシルヴァ登場。せっかくゲットしたボンドガールはあっさり殺されちゃうものの、見事にシルヴァを捕まえます。
やった!と思うのも束の間、シルヴァには普通に逃げられます。実は全部シルヴァの計画で、上手いこと手のひらで踊らされてたボンドさん。ロンドン地下で危機一髪になりながらもMを救って実家のスカイフォールへ帰郷。でも実はボンドさん実家嫌い。いや、わかるよ。あんな周りに家もなく、学校も遠そうだし、ましてやお店そのものが全くない立地。周りが遠すぎてどう見てもバスも通ってなさそうだし、友達を家にも呼べないしで子供だったら嫌いにもなるでしょう。
そんな嫌いな実家にあれこれ細工してシルヴァを迎え撃ち、家を爆破させたり、池に落ちたりでピンチになりながらも最終的にシルヴァを倒してMI6に返り咲く。そんなストーリーでした。
敵のシルヴァが良かったですね。マザコンっぷりが強烈ですが、見た目に反して?ボンドを手玉に取る知能犯です。ちゃんと敵が強いとストーリーが引き締まります。これまでずっと出てたMが殺られてしまったのは悲しかったですね。
Mとシルヴァの関係が物語を牽引しているのですが、それでも本作のメインはちゃんとボンドさんなんですよね。ボンドガール要素が薄かった分、終始ダニエル・ボンドを堪能する事ができました。ここまで長いシリーズでもしっかり内容もアクションも面白く作れるサム・メンデス監督ってただ者ではないと感じた一作でした。
趣味:Resurrection
ジェームズ・ボンド・シリーズ第23作。
第66回英国アカデミー賞英国作品賞受賞作。
DVDで5回目の鑑賞(吹替)。
原作シリーズは未読です。
「カジノ・ロワイヤル」で完全リブートされ、ボンドは決して完全無欠のヒーローでは無く、ひとりの人間であると云う側面が強調されるようになり、人間味を増した人物像に惹かれました。ダークなストーリーも相まって、クレイグ版ボンドが大好きになりました。それまではピアース・ブロスナン派。
ジェームズ・ボンドやMI6に最大級の危機が訪れる本作、面白くないわけが無い。冒頭から凄まじいアクションで魅せてくれました。ところが、まさかの任務失敗で川に転落(FALL)してしまい、行方不明になっちゃうボンド。
諜報員のリストが奪われたことで責任を追及されるM。MI6本部が爆破されたことを皮切りに、敵の本当の目的が彼女への復讐であることが判明。彼女を魔の手から守るための戦いが開始されました。本作のボンドガールはMなんだなぁ…
自身の復活と、心から信頼してくれているMのために、狡猾で冷酷な敵シルヴァに、傷つきながらも決死の覚悟で挑んでいくボンドの姿がひたすらカッコ良かったです。
本作がシリーズでいちばんのお気に入りになりました。
追手を誘き寄せて、自身の生家「スカイフォール」で迎え撃つ展開が秀逸の極みでした。こちらは3人、敵は大勢。小が大に立ち向かう醍醐味が素晴らしかったです!
戦いの果てにシリーズを揺るがす出来事が発生。初見の時はめちゃくちゃショックでした。常に彼を見守ってくれていた存在。彼も母のように慕っていた存在。悲しかったです。
[以降の鑑賞記録]
2020/12/27:Blu-ray(吹替)
※修正(2022/10/23)
シリーズ最悪の2連発の1発目
シリーズ最悪の駄作2連発の一発目。スペクターも糞。こんな上品を気取った糞どもが、本当に上品で上質な偉大なるカジノロワイヤルや、アクションに振り切れた荒々しく熱い慰めの報酬に肩を並べること自体不愉快極まりない。
まず悪役シルバの造形。監督自身も言及しているが完全にダークナイトのジョーカーをパクっている。そこに何かオリジナルの印象深い何かがあるわけではなく、本当に設定を適当に付け替え役者を変えただけのジョーカー。悪役としての凄みを表すための具体的なエピソードが差し込まれれば見方も違っただろう。例えば、パクリ元のジョーカーで言えば、ハービーデントを〇〇〇〇〇〇〇にしたり、捕まっても手下の腹爆弾で逃げ切ったり、とにかくこいつヤバくてスゲーと思えるエピソードに事欠かない。ジョーカーは故ヒースレジャーの熱演だけじゃなく、優れた脚本と演出も合わさることで伝説となったのだ。慰めの報酬の悪役グリーンはボンドガールにオイルを飲ませて溺死させる。これも印象深い。こういうのがシルバにはない。ただ狂った演技をしてババアを追いかけるマザコン気質の不細工だ。
アクションもシーン自体が少なく、前2作に比べると勢いがない。というかちゃんとしたのは冒頭と最後くらいしかないじゃないか。元々007ってアクション映画だよね?
ストーリーもボンドのMの関係、ひいてはボンド自身の過去を掘り下げようということで悪くはないが・・・だれる。アクションも無く、あってもショボいから眠くなる。007ってアクション映画だよね?
総括してシリーズレギュラーのMを殺す事でなんとかファンの心を引きつけるも、それ以外は心に残るストーリーもない、アクションもない、往年のとんでもメカも出てこない全く中身のないコピー糞映画ってとこですね。
なんでポールハギスに撮影させなかったの?
タイトルなし(ネタバレ)
ダニエルボンドはクール過ぎて今回も馴染めず。Qも若造で楽しい新兵器が無く、セクシーボンドガールも登場せず、しかも今回はMが死んでしまうという展開で長年のボンドシリーズを愛する私にはシリーズとして完全にアウトだった。中盤からは歴代と比べる事無く全く別のスパイ映画と思って観ていた。
シリーズ中最高、映画界の中でも最高。
ダニエル・クレイヴさん、よく頑張ってくれました。
アクション最高ですよ。
スタッフも良いね、映像も素晴らしく美しい。クラゲの浮遊も良いですね。
この映画から「ハリウッドがなんだよ」という、英国映画界のプライドが感じられます。
ところどころに往年の遊びも取り入れていますね。楽しめました。
ロンドン、上海、スコットランド、ロンドンと観光も楽しめる。
スコットランドの荒廃な光景から彼のルーツを初めて知った。
ハリポタも彷彿しました。
メンバーも次回入れ替わるので、新シリーズも楽しみです。
この映画なら楽しんで英語のレッスンも出来る。是非似ていただきたい傑作です。
オープニングがピーク↑
オープニングでボンドが、川底へ引っ張られる映像で興奮したのが、本作品のピークでした…(^_^;)
敵がどうしても、ダークナイトのジョーカーもどきに加えて、あんだけドンパチ・大爆発!させといて、最後はナイフでトドメって…尻すぼみにも程がある。
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