「古くて新しい英国スパイ」007 スカイフォール キューブさんの映画レビュー(感想・評価)
古くて新しい英国スパイ
007もついに50周年を迎えた。半世紀も続いた映画シリーズなんて無い(もしかしたらあるのかも)。さすがに当時のまま、とはいかないので007も時代と共に変わり続けた。華麗な英国紳士を演じたショーン・コネリー。万人に受けるアクション映画のロジャー・ムーア。冷酷なスパイに成り切ったティモシー・ダルトン。それぞれの“ボンド”のいいとこ取りをしたピアース・ブロスナン(ルックスも個人的には一番“ジェームズ・ボンド”)。そしてリアルなスパイ像を打ち出したダニエル・クレイグ。(一人忘れてる気もするが、気にしないでおこう。)
ダニエル・クレイグは本当に上手く、自分なりのボンドを演じてきたと思う。だが2作品も“リアルな007”だといい加減飽きてくる人もいるはず。誰だって自分が一番好きなボンドがいるはずだから。「スカイフォール」はその期待に見事に応えている。
前半部分は今までのシリーズを踏襲している。トルコでのバイクチェイス、上海のハイテク高層ビル、マカオのステレオタイプなアジア像。さらには悪党の島まで出てくる。ボンドガールはきちんと登場するし、名台詞"Bond, James Bond"も今回は飛び出る。マティーニだってちゃんとシェイクされている。一つ一つの粋な演出が本当に嬉しい。しかもこれ見よがしにアピールするのではなく、監督は「分かっている」演出をするものだからなおさらだ。その中でもQの登場は従来のファンは嬉しいのでは。それも今までとは違いオタクっぽい青年で、新しいファン層のことも忘れていない。彼とボンドの会話シーンも、少しひねてあってとても楽しい。
だが「古いもの」ばかりではないのが「スカイフォール」の素晴らしいところ。ダニエル・クレイグは今までと同じく硬派なスパイだが、今回はそこに少しのユーモアを添えることで、ただシリアスなのでは無くなっている。トム・フォードのスーツを着こなし、オメガの時計も決まっている。その彼がワルサーPPK(今回はPPK/S)を携えれば、あまりの格好良さにもう満足だ。
そして彼と敵対するシルヴァを演じるハビエル・バルデムの存在感。こんなに脳裏に焼き付くほど、気持ちの悪い敵も久々だ。趣味の悪い髪型、服装、ネットリとしたしゃべり方。限りなく不快なのに、ものすごく魅力的な悪役なのだ。しかも悪事を働く目的が「Mへの復讐」という極めて個人的なものである点も従来の敵とは違う。彼は世界征服などいとも簡単にできる、とボンドにのたまう。それなのにM一人のためにあそこまでのことをやってのけてしまうのが、心底恐ろしい。
クライマックスの手前でロンドンの地下を舞台にボンドとシルヴァは走り回る。ここで終わらしても十分なのに、「スカイフォール」はこれでは終わらない。本当のクライマックスはこの後なのだが、ここからは完全にこの映画ならではの展開が待っている。映画の中で何度も言及される「時代の波」。冷戦時代の産物である“時代遅れ”のスパイが、敵国でも秘密組織でもない、ある意味で究極の敵にどう立ち向かうのか。その決戦の舞台へと向かうのが“あの”アストン・マーチンであることもにくい演出だ。
一つ一つの事を述べていくと、とてもじゃないが書ききれない。007シリーズへの愛に満ちていながら、また新たな007が誕生した。少しでも007が好きなら絶対に見に行かなければならない。
(2012年12月25日鑑賞)