「青春群像劇」気球クラブ、その後 きのこの日さんの映画レビュー(感想・評価)
青春群像劇
愛のむきだし、冷たい熱帯魚とは全くイメージの違う作品でした。
こういうのなんて言うんだろう、青春群像劇?かな。
日本人の18~24歳くらいまでの、なんとも言えない心の揺らぎというか。
それをリアルに描いている作品でした。
ぼんやり思ったのは、日本人以外が見ても全然シンパシーを感じないんだろうなと。
それくらいリアルに、日本の学生時代を描いている作品でした。
これは、繋がりたいのに繋がれないどこかやるせない若者たちの想いと、美津子と川村の物語。
「クラブ」に所属していたころにはあんなにも熱く語り合って、あんなにも楽しく盛り上がって、毎日のように一緒にいたのに、「クラブ」という集まりがなくなった途端、みんなバラバラになっていく。
ただ、「うわの空」というコミュニティの名前があるだけで、あんなにも強く繋がれたのに、それがなくなっただけで人たちは簡単にほどけてバラバラになってしまうんだろう。
新しい生活の中で時に思い出すけれど、今更、と思ってしまう。
実際に川村の悲報が入った時に、何人かが口をそろえて言った。
「でも俺実際川村さんとはそんなにあれだったし。」と。
離れて初めて、そんなに知らなかったんだって事を知る。
そしてやっと昔を一コマずつ思い出し、あぁあんな人だったなと思う。
川村の悲報をきっかけに、気球クラブは再集結をする。
昔のことを話し、今のことを話す。
あぁ、すごくいい時間だなと思った。
離れていた人たちが、集まって、今の自分で昔の誰かを見つめて、きっとあんなことを考えてたんだろうな、あの行動にはあんな意味があったんだろうな、そう考えてやっとその人のことを少し知る。
川村は死んでしまったけれど、すごくいい時間だと思った。
誰かが、「なんであの人気球で死なないんだよ、事故なんだよ」と言ってた。
それだけで彼のことを分かって、想ってる証拠。
さて、印象的なシーン。
「それぞれの携帯電話およびメールを抹消しましょう」
川村の死をきっかけに集まった気球クラブのメンバー。
久々に気球の中で酒盛りをし、メンバーの一人が切り出す。
「これでもう二度と会うこともないでしょう。よって、それぞれの携帯電話及びメールを抹消しましょう。」
そして、一人ずつ、データを消去していく。
なぜ、こうしなければ私たちは前に進めないんだろう。
携帯電話は決して悪いツールじゃない。
映画の中で誰かが言った、「こんなものだけでしかつながってないのかなぁ」と。
携帯電話を持って。
悪いものではないのに、私たちを苦しめる。
会いたい人に連絡が取れるようになったのは素晴らしいこと。
だけど、会わない人に、後ろ髪をひかれる思いのある人のデータが、ただ文字として携帯電話に入っていることはとても辛いこと。
だけどそれを消すのはとても勇気のいること。
消したから、なんなのって思う人もいるかもしれない。
でもきっとこれは彼らにとって必要な儀式だったんだと思う。
バラバラになったんだって事を、ちゃんと思い知るための。
自分たちはもうあの頃の自分たちじゃないって思い知るための。
そうして前に進んでいくことで、正しい切なさで過去を思うことができる。
ただ、データを消しているシーンなのに、涙が止まらなかった。
それぞれの思いをセリフではっきり語らせるわけではない。
だけれども、1時間半を通して、じわりじわりと思いが伝わってくる。
とてもいい映画だったと思います。
みんなかすかにつながりながら、離れながら、それぞれ生きていくのね。
なんでもない、そんな日にふと、見上げた時に、あぁあんな日もあったなと思うことがある。
そして、ああ、あの日はもう二度と戻ってこないんだな、と思う。
そして、さあ、これからも生きていこうと思う。
そうやって塗り重ねて、生きていく。
ずっと誰かと手をつないだままじゃ進めない。
過去にすがるなと、そんなのはださいとみんな言う。
だけどいいじゃない。
たまに思い出して、切なくなるくらい。
そんな日もあるよ。
とおもったり。