「腹は斬るでなく満たすもの。」一命 ハチコさんの映画レビュー(感想・評価)
腹は斬るでなく満たすもの。
小林正樹監督の62年作品「切腹」の原作『異聞浪人記』を、
「十三人の刺客」の三池崇史監督で完全再映画化した本作。
前回観たのが忍たま~で^^;なんだかガックリきていたんで、
こんな重厚な作品を三池…?と野暮な心配をしてしまったが、
なかなか素晴らしい時代劇に仕上がっている。ちなみに2D。
なにも時代劇を3Dで観るこたぁ~ねえわな。なんて思って…
役者は見事に取り揃えているが、
とにかくあの事件以来めっぽう評判落ちしてしまった海老蔵が
どうだ!俺の目力はっ!!という感じで迫真の演技を観せる。
前作の仲代といい、今作の海老蔵といい、実際に半四郎の歳
には到底若すぎると思うのだが(だって娘と夫婦に見えるぞ~)
しかし孫が生まれた時の喜びの表情など、同じ目力でもまるで
違う^^;さすが、歌舞伎役者だけあって表情の機敏が上手い。
娘役の満島ひかりも薄幸さを前面に出して病弱な妻を好演した。
そして何といっても、よく頑張った!のが千々岩求女役の瑛太。
だいたいこの名前からして儚い…。斬られてしまいそうな名前だ。
父から学んだ通りに文学に励み、半四郎に引き取られてからも
武士として恥ずかしくない嗜みを身に付けた彼だったが、何分、
半四郎にも求女にも生活を潤す貯えがない。食うに食えず本を
売り払ったり、刀(これは最後の手段だが)を手放す事になるが、
ここまで浪人を追い詰めたのは、天下泰平の世の中なのである。
幕府による理不尽な御家取り潰しが相次ぎ、困窮した浪人達が
流行病のように行っていたのが狂言切腹。大名屋敷に押しかけ、
庭先を拝借したいなどと申し出て、面倒を嫌う屋敷から金銭を
巻き上げるという…その噂が広まっている最中に運悪く求女は、
名門・井伊家の前に立ってしまう。子供の病の治療に3両が必要
だった彼には他に考える術はなかった。昼過ぎには戻るから、
と息絶え絶えの妻子に声をかけ、家を出ていった求女だったが。。
とにかくこの求女の竹光での切腹シーンがかなり痛々しい。
思わずもうやめてくれ!と目をそらしたくなるほど長くて辛い。
当主の斎藤勘解由にはこれが見せしめの意味もあり、初めから
介錯を務める彦九郎の謀り事なのだが、武士の面目を保つ為の
一大行事が、かくも悲惨で救いようのない実態を映し出している。
武士も血の通うた人間であろう…のちに半四郎が絞り出すように
いう台詞には、婿、娘、孫を一晩で失ってしまった男の絶望と怒り、
なぜ、せめていきさつを聞いてやれなかったのかという不信感が
込められている。何ともはや…いくら貧しいとはいえ他人に迷惑を
かけることもなく、細々と生き延びてきた武士の末路がこれとは…。
封建社会への痛烈な批判を今作は静かにしたためているのだが、
それよりも生きること、食べることへの渇望が何より強く感じられる。
健やかに生きるためにはどれもが欠かせないものであるのと同時に、
美しい死に様を求めるくらいなら、人として美しく生きる術を学べ。と
言われているような作品である。背筋をスッと延ばし深々と一礼する
求女の姿がどれだけ美しかったか、髷を切られ面目を潰されたうえに
辿る末路が切腹という武士達の姿がどれだけ不様だったか、観比べて
今現在の世界で何を大切にするべきなのかを考えさせてくれる作品。
(それにしても三池さん、グロい演出はお手のもの。涙目になりますよ)