風にそよぐ草 : 映画評論・批評
2011年11月29日更新
2011年12月17日より岩波ホールにてロードショー
フランス映画最長老の巨匠によるエロティックでみずみずしい恋愛コメディ
かつて難解な「去年マリエンバートで」で一世を風靡し、<セーヌ左岸派>を代表する知性派監督として知られるアラン・レネも89歳になる。しかし、新作は枯淡の境地などとは一切無縁のなんともエロティックでみずみずしい恋愛コメディである。
妻子もいる初老の男が、駐車場で財布を拾ったのがきっかけで、持ち主である独身の歯科医に惚れ込み、追いかけ始める。最初は、主人公の手前勝手な願望がナレーションで説明され、微苦笑していると、いきなり、手紙、電話攻勢、さらに車をパンクさせるといったふうに、そのストーカーまがいの行動がとめどもなくエスカレートするので、観る者は、あっけにとられ、呆然となり、笑いが止まらなくなってしまう。ひとりよがりな男の妄想が、弾むような初々しい画面によって縁どられ、奇妙なリアルさと疼くような官能性を帯びてくるのだ。
アラン・レネは、一見、デリケートな恋愛心理の綾を愉しむフランス映画の王道を装いつつも、晩年のブニュエル作品のように、ところどころに、陥没点のごとく、不条理な<毒>を忍ばせる。このはた迷惑な男を一旦は拒んだはずの女が、今度は男への接近を試みるのだ。映画館の前のカフェで女が男を待つシーンでは、一転、往年のハリウッドの甘美で大時代なメロドラマのトーンで押し切る離れ業に思わず唸ってしまう。この冗談のようなトンチンカンな恋の行方は、結末であっと驚く意想外な展開を見せる。フランス映画最長老の巨匠による大胆きわまりない語り口を堪能した。
(高崎俊夫)