プッチーニの愛人 : 映画評論・批評
2011年6月14日更新
2011年6月18日よりシネマート新宿ほかにてロードショー
慎ましやかな語り口と官能的なイメージによって描かれた残酷な悲劇
「トスカ」「蝶々夫人」の大作曲家プッチーニは稀代の猟色家で、名作のヒロイン造形の背後にはモデルとなった愛人が常に存在したと言われる。映画は夫とメイドのドーリアとの不貞を疑った妻エルビーラがドーリアを激しく糾弾し、自殺へと追い込んだ<ドーリア事件>の真相に迫る。
冒頭からトスカーナ地方の湖畔に建つプッチーニの屋敷の階段や扉、部屋の陰翳に富んだ佇まいを、ドイツ表現派映画を思わせる光と影の精妙なコントラストで浮かび上がらせた見事な撮影にめまいを覚える。
登場人物の台詞は、サイレント映画と見紛うほどに、極度に切り詰められ、手紙を朗読する<声>や最小限の身振りだけで事態の推移が描かれる。
手紙が本作のキーイメージといえよう。ドーリアはプッチーニと愛人との間で逢引きの書簡を請け負う<使い走り>にほかならなかった。ジョセフ・ロージーの「恋」の少年を見舞った受難が、ここではより残酷な悲劇として露わにされているのだ。
余計な説明を一切排した慎ましやかな語り口は、ロベール・ブレッソンを思わせるが、闇に浮かびあがる湖上の酒場、澄んだ大気のなかで歌う女将を見つめるプッチーニ、芦の茂みを滑るように動く小舟での愛人との密会の光景、すべてがこの上なく官能的だ。
パオロ・ベンベヌーティ監督は、本邦初紹介だが、師であるロベルト・ロッセリーニの透徹したドキュメンタリズムと、ストローブ=ユイレの深い洞察に富むモダニティを自らの内で独自に昇華させた傑出した才能の持ち主である。
(高崎俊夫)