コクリコ坂からのレビュー・感想・評価
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ジブリと思わなければ良し
ジブリ作品と思えば物足りなく、他の映画と思えばそれなりに
合格点の面白さかな。
子供が観て楽しいと思うタイプの映画ではなく、大人が古き
良き日を想い、楽しむような映画だと思います。
だからか、私が観た回(日曜日の夕方)に子供はゼロでした。(笑)
それが悪いとも良いとも思わない。
少なくとも私はポニョよりは面白かったし、出てくる学生達の心に
共感を覚え、恋心を応援し、父親達の友情に軽く涙した。
自分も含め、ジブリだからこうでなくっちゃと言うイメージが
有り過ぎて、ジブリ映画を固定観念で見過ぎているのでは?って
思います。
これからはもう少し、ジブリ観念を捨ててジブリ映画に接したいと
思います。
ほのぼのとした作品です。
1963年、東京オリンピックの前の年.....新しい文化を取り入れていた時代???解体が決まりそうな文化部部室の建物....カルチェラタンを守るため学生が本気で立ち向かう.....そんな時代だったのですね!
そんな関係で、たまたま知り合った海と俊の初恋の物語......恋愛が深まる中、父親が一緒だったと知ったとき......戦後の混乱期には、よくあった話とも聞きますが......でも、ハッピーエンドでよかった.....。
なんといっても主題歌の「さよならの夏 ~コクリコ坂から~」が良いですね!.....
最後にジーンと心に沁みてきます....。
舞台は、横浜ですが.....実は、盛岡という説も......。
地元の方なら、分るのかな???
素直によかった!
音楽やストーリー展開もテンポ良く、中だるみ無くすっきり観れました!
だいたいどの映画も、かったるくて眠たい場面があるのですが、コクリコは終始問題なく観れました。こんなのは久々です!
選曲も、戦後の復興期の活気が伝わるような、それでいて、夏の港や海のイメージができるような、なんとも聴き応えのあるサウンドで、心地よかったです!
全体的に、昭和初期の歴史背景や、いまでは使われない道具や言葉など小さいところは抜きにして、ストーリー自体は実にシンプルでわかりやすかったです。
ジブリ作品で、ゲド戦記や崖の上のポニョが出たときは、ジブリはこの先どうなることかと心配しましたが、なんのことない、ジブリも安泰です!これからも良い作品を期待します!
ワゴンセール
この作品を見終わったときの率直な感想は、「普通」でした。映画の全体的な完成度として小さくまとまった、置きにいった作品であることは否めません。
いわゆるジブリ映画としてはいままでのものとは違ったものかもしれません(近いとすればおもひでぽろぽろ)。しかいこの手の映画はいままで腐るほど見てきました。いかにもありきたりな展開で、この作品をアニメ的な演出でやる意味はあるのだろうかと疑問を持ちました。
だからといってこの映画が欠陥品、不良品であるかといえばそうではないと思います。映画としてのボリューム感の不足、キャラクターの個性の薄さなど腐したくなる点は多々ありますが、全体を通してみると形にはなっているかと思います。だからこそセール品という表現がぴったり当てはまるのです。
そこに生きた人の記憶
拙ブログより抜粋で。
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監督の前作『ゲド戦記』の評で、「宮崎吾朗監督の次回作があるなら、もっと身の丈にあった題材で勝負すべき」と書いたのだが、まさにそれを成し遂げたと言っていいだろう。ジブリお得意のファンタジー要素を排したリアル路線の本作は、とても同じ監督の作品とは思えないくらいずいぶんと好印象を残す快作だった。
いや、正確に言うと『ゲド戦記』同様、限りなくダメダメなんだが、非常に危ういところの奇跡的なバランスでいい方に転がったという気がしないでもないのだが。
映画が始まって早々、海が朝食の用意を始めるシーンで、彼女の動きが硬いなと感じた。しかしそれは、物怖じせず、はきはきものを言うこの時代の少女像を反映してのことと気づき始める。
やたら背筋の伸びた俊や水沼たちも同様で、その姿勢のいいキャラクター造型になんとなく違和感を感じつつも、それらは往年の学園ドラマを思い出させ、そういう狙いなんだろうと納得した。
しかし理屈では理解しても、時代背景相応の懐かしさは、正直筆者には響いてこない。
淡泊な演出ゆえの監督の狙い通りなのか計りかねるのだが、マッチで火を点けるガスコンロにせよ、手回しで洗濯物を絞る洗濯機にせよ、一枚一枚手刷りするガリ版印刷にせよ、それら時代を反映させた小物や情景を知らない自分でもないのだが、どうもさらりと流してしまって琴線に触れてこない。
内面的な恋心にしても、海の心のひだは丁寧に拾われている一方で俊の側はおざなりで、彼の恋心はまるで伝わってこない。
また学生仲間は比較的印象に残るが、コクリコ荘の同居人は影が薄い。特に海の祖母・花(声:竹下景子)や弟・陸(声:小林翼)の存在が後半ほとんど忘れ去られてしまっているのが気になる。
キャラクターの描き込みが中途半端なのは監督の未熟さゆえだろう。そもそも表情に仏教面かニコニコ笑顔ぐらいしかほとんどバリエーションがない。
この欠点を如実に表しているのが、海が自身と俊との逆らいようのない関係を知った重要なシーン。複雑な心境を真っ正面から描くことを避け、雨の中のロングの絵と説明ゼリフに逃げてしまったように思う。
とまあ、作品をダメに思う点を挙げればあれこれ枚挙にいとまがないのだが、それはそれとして、最初に書いたよう案外心象が悪くないのは、主にカルチェラタン取り壊しにまつわるエピソードの描き方がかなりノリノリで、魔窟という表現がぴったりのカルチェラタンの造型を含め、見ていて楽しいから。
異国情緒漂う横浜をイメージしたジャズ・ピアノなどのBGMやストレートに時代を感じさせる昭和歌謡の挿入歌にもかなり助けられていると思う。
『ゲド戦記』では鼻についた言いたいことをそのままセリフにしてしまう悪い癖も、ここでは文字通り“青年の主張”としてシーン設定されているので嫌みがない。
曰く「古いものを壊すことは、過去の記憶を捨てることと同じじゃないのか!?人が生きて死んでいった記憶をないがしろにするということじゃないのか!?新しいものばかりに飛びついて、歴史を顧みない君たちに未来などあるか!!」
俊の口を借りて突きつけられたこの主張こそ、監督の言いたいこの作品のメインテーマだろう。
物語の冒頭、信号旗を揚げる海。
序盤での海と祖母との会話から、てっきりこの映画は彼女が信号旗を揚げなくなって終わるのだと思っていた。それが少女の成長の証となって。
しかし実際の結末は違う。最後もやはり海は信号旗を揚げる。物語の構成上それは、振り出しに戻った結末と言っていい。
おそらく海の内面は成長しているだろう。でも表面的には変わらない。
実はこの繰り返しの構図こそが、この作品の肝だった。
人生に関わるほど辛い現実を知った日の次の朝も、海はいつもと変わらず段取りよく皆の朝食を作った。
昨日と変わらぬ今日、おそらく明日も変わらない。
「今まで通り」その言葉が海に重くのしかかる。
その閉塞感の一方で、古くなったカルチェラタンの取り壊しには反対する。変わらないことを肯定する。
歴史があるから。文化があるから。そこに生きた人の記憶があるから。
丹念に描かれた歴史描写にはピンと来なかった筆者だが、大した事件の起こらぬこの映画の結末には爽やかな感動を覚えた。
閉塞感を感じるほど変わり映えしない毎日に対する明快な答えがそこにはあった。
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全文は『未完の映画評』にて。
ジブリとゴロー
ゴロー映画第二段です。
親子合作映画って部分が「純粋に物語、映画として正統に評価して観よう」って心構えにさせるのが、なかなか難しいかもしれないスね。
どうしたって、駿と吾朗、親父と息子の対比、競作、戦い、そっちの向きで、色眼鏡で観てしまうというか。
観客側の心持ちも、何と言うか、少し斜に構え、期待しつつ、軽く小馬鹿(?)にもしながら、的な?部分は少なからずは在ったハズで(なかったらゴメンなさい)。
自分としても、心持ちはまさしく“ソレ”。
野次馬的ノリ、ダメなら大いに叩いてやろう、でもフットワークは軽く…みたいな?
まあ、そんな気分で鑑賞してきました。
んで、鑑賞後に思ったのは「少し俺の考えが下世話だったかなー」という反省…。
そういうの抜きにして、良かったですわ。うん。
冒頭こそ、アニメアニメした雰囲気と描写に、このCG全盛3D全盛のご時世に直球過ぎないか?と思いはしたものの…
次々現れる舞台、風景、情景、建物の美しさや色使いの妙味。
集団でよく動き回るキャラクター。その豊かな表情、泣き笑い、アニメ特有の遊びゴコロ。イキイキしてるし、好評価!
んー。だからこそ、些細なツマラナイ部分が気になった、てものあって。
個人的に、ヒロイン海に思い入れというか、あまり魅力を感じなかったのに端を発し、何故に『彼女が中心に据えられた展開で物語が進む』のか、その理由付けと根拠が足らない気がした(主役だからでしょうが)し、それに付随してガリやらカルチェラタンやら唐突に観客側には不明な単語連発してきたり(しっかり後で分かるんですけど)…その他、途中、ん?おや?と思う部分が多々あって。
瑣末なことなんですけどね。
親父さんの脚本がそうなのか、ゴローの行間読みが弱いのかは分からないです。自分の読解力が足りないってのもあるでしょう。
ま。
そこ差っ引いても、鑑賞後の爽快感はなかなかのモノでした。
物語自体もオーソドックスな恋模様が甘酸っぱく、自分の好物だったし。
後半、少しウルッと来ちゃったりなんかして。
これからは、ゴローさんに対する色眼鏡を外すことにします。
宮崎駿の時代は終わり?
最近の宮崎駿監督作品は、映画としての体をなしてないものが多くがっかりしていたが、彼以外の作品に光明が見えてきた気がする。
雰囲気としては「思ひ出ぽろぽろ」に近いだろうか。
日常を丁寧に描くスタイルはほっこりしていい感じです。
無理にファンタジー感を捻り出さなくても、学生運動の時代そのものがファンタジーだと思うので、全然問題なし。むしろ無理やり作る必要なんてないんだなということを思い出させてくれた作品でもあった。
アリエッティと共にジブリの今後の分岐点となるだろう作品
宮崎吾朗監督の前作「ゲド戦記」は、ジブリ作品としては今一つ面白味に欠けたので、同監督の新作となる本作も、果たして…?という期待半分、不安半分だったが、今回はなかなか良かったのでは?
ジブリ作品としても、ここ数年(アリエッティ、ポニョ、ゲド)で一番素直に見れた。
主人公二人の純愛ストーリーをメインに、学生運動、出生の秘密…内容的には盛り沢山。
正直、90分くらいでは物足りず、展開が早かった気もする。
しかし、温かな昭和の雰囲気(ジブリならではの美しい背景)と、汚れなき青春物語(少女漫画が原作ながら安易なメロドラマになっていなかった)が見事にマッチしていて、爽やかな作品に仕上がっていた。
長澤まさみの声優も悪くなかった。
声だけだが、ここ数年では一番魅力的だと思った。
ジブリも非ファンタジーでなくともイケるし、ジブリ=宮崎駿という考え方もそろそろ崩れてきてもイイ。
勿論、宮崎駿の作品は圧倒的だが、宮崎駿だっていつまでも映画を作れる訳じゃない。
ジブリの今後の為にも、非宮崎駿作品を、もっと温かな目で応援すべきだと思う。
あの頃の青年や大人は、今どこに
高1の娘と観ました。大人の映画でした。でもあらゆる層の人にもお薦めです。登場人物も素敵ですが、トトロの草壁家や千と千尋の油屋のように建物がとても素敵でした。上を向いて歩いていたあの頃の青年や大人たちは、今どこに行ったのでしょうか。娘にここにいるよといえる大人でいたい、そう思いました。また一つ好きなジブリの映画が増えました。
見終わったとき、宮崎駿はやおはもはや老害でしかないと思えました。
見終わったとき、宮崎駿はやおはもはや老害でしかないと思えました。シブリとしては、何ら新機軸を打ち出していなく、そこに描かれているのは、東京オリンピックが開催される直前、昭和38年(1963年)という時代へのノスタルジーでしかありません。
その年、宮崎青年は大学を卒業し、東映動画に就職し、労組の書記となるまさに青春ど真ん中にありました。おそらくは、当時経験した淡い恋心や学生運動の記憶は、団塊の世代の人たちにとって、忘れがたき思い出なのでしょう。
小地蔵も、学生自治会の役員を経験して、過激派学生に対して、学園暴力反対活動に取り組んだ経験があります。小地蔵の時は、既に学生運動は廃れて、残党みたいなのが残っているだけでした。それでも、作品に登場する小汚いサークルボックスやガリ版印刷の新聞発行などは、小地蔵の学生時代にも残っていて、堪らなく懐かしさがこみ上げてきました。だから原作を書いた宮崎駿の気持ちは、よく分かるのです。
しかしクリエターがノルタルジー浸ってしまうというのは、お迎えが近い(^^ゞということで、本来なら気鋭の新進に道を譲らなくてはいけないのです。
そんなおやじ殿の企画を押しつけられるような格好になった、息子の吾郎監督は、「あの頃は良かった」みたいなことをやるのは下の世代として承服できないと抵抗はしたものの、どうあがいてもおやじ殿の懐古趣味に浸っているモチーフを抜け切れません。
それでも、いろいろと工夫して、自分らしさを出そうとしている吾郎監督の努力は感じられます。
水彩画のごとく柔らかな空気と光と色どりが導入されて、昭和の雰囲気や作品のテーマである「人を恋うる心」を良く表現していると思います。台詞使いも、吾郎監督ならではのピァアな純情が、衒いもなくストレートに表現されていました。惜しむらくは、自分のモチベーションで描いていないということです。だから、何とか作品背景に太平洋戦争とか朝鮮戦争に目を向けさせようとした結果、戦争でお父さんを失ったことを引きずっている暗い女の子の話になってしまったのです。
それを挽回すべく、話の軸は、主人公の海が自分以外の誰かを思うことを描いていきます。安易に恋愛ものにしたくなかったので、海にとって、思いを寄せる俊だけでなく、戦争で亡くなったお父さんへの思い、そして自分を大きく包んでくれるお母さんへの思いを感動的に描いていきます。あることで海が母親の胸に飛び込んで、涙を流すシーンは、吾郎監督らしさが良く出たエモーショナルなシーンだと思います。
但し、恋愛ドラマを回避した結果、俊との関係が薄くなってしまったことが否めません。もしかしたら実の兄妹かもしれないという可能性が高くなって、その証拠の写真が、海の恋心を苦しめます。悲恋がメインのストーリーなら、もっと濃厚に兄妹かも知れないという禁断の恋に葛藤する姿が描かれたでしょう。またこれまでの宮崎監督作品なら、ここで必ず時空を超えた異次元的な展開となったはずです。ところが本作では、兄妹疑惑をあっさり描いているので、なんで今さらこんな因果な話を持ち出すのかと疑問に感じてしまいました。その中途半端さは、まるで「安っぽいメロドラマ」(劇中に出てくる俊の台詞より引用)を見せられているかのようなのです。
一方、学校の古い建物を改築から守る学生運動も、当時としては考えられないくらい穏やかな団交で一見落着してしまいます。これまでのシブリ作品では、対立のなかにもののけも絡んで、派手なバトルを見せるものでした。また当時の団交を知るものとしても、あまりに簡単に決着がついてしまいう過程は出来すぎです。結局は、学生運動も伏線にもならない飾りでした。
さて、本作は製作が遅れに遅れて、東日本震災を跨いでしまいました。「上を向いて歩こう」というコピーは、何やら被災者を励ますメッセージともとれなくはありません。吾郎監督は、意識はしているものの、特に被災者に対する直接的なメッセージは描かれませんでした。
但し、劇中に何度も上を見上げる人々の顔が印象深く描かれます。海は毎日、亡き父手向ける旗を高く掲げ、カルチェラタンの建物は高く仰ぎ、遙か高台にあるコクリコ荘への道中は、いつも見上げて登ることになります。当然人々は自然と顔をあげます。坂本九の音楽と映像だけで、「上を向いて歩こう」というメッセージは、描かれていたのでした。震災後の困難な状況に置かれ、足元ばかりを見がちな昨今。その表情の一コマに、国民のひとりひとりが、失ってはいけないものを、思い出させた人ならば、忘れられえぬ作品となることでしょう。
とはいえ、これまでのジブリファンからの、かなり手厳しい批評を受けてしまうのは、必至だろうと思います。
ココリコ坂でも
海がきこえる 耳をすませばを 好きな方は
是非行ってください 平日行きましたが老夫婦が意外と多くて
はぁなるほど 年いってもこういうの好きなのねwと思いながら鑑賞
感想ですが これコクリコ坂って題名の意味がわかんなかった
メルもわかんねぇなw
そんな名前の坂でてきたっけ?と最後まで気になって観てたけど結局わからずじまい
坂道はあったけど そんなに題名にするほどの坂でもなさそうだしなぁ
わかりにくい題名は煩わしいだけなので そんな題名ならココリコでも何でも
いいんじゃね?と思った お笑いのココリコ有名だもんねw
んでこれ 分かりにくいとこカットして
1時間弱の映画にするほうが より密度濃くなって
よかったと思います 脚本は良いと思うけど長編(91分)にするほどでもないっしょ
宮崎駿が監督で短編映画にしてたらかなりの良質映画になってたであろうと思います
そんな感じでした まぁよかったです
声優OK
最近のジブリ作品は、とりあえずキャラクター以上に俳優の顔が見えてくる&下手すぎて萎えてましたが、今回は◎です。
長澤まさみも岡田准一も言われないと気づかないかも。
鑑賞前はゲド戦記で最悪だった、風吹ジュンにかなり不安を感じていましたが、今回はバッチリはまってます。
声優って難しいと思うが基本的にジブリはプロを使うつもりは無いようなので、それなら今回みたいな感じでキャスティングして欲しい。
ストーリーはありきたりではあるが、世界観がいい感じ。
宮崎駿が監督なら、物足りないが、他の監督ならオッケーという感じです。
もだえる。
カルチェラタンが素晴らしい。
自分の学生時代とは違ったものの、懐かしさを感じました。
楽しそすぎる。自分が過ごした学校にもあんな建物や活動があったら…!
原作は少女漫画なんですね。だからと言うか、
主人公がなぜこんなにヨイショされてるんだ!
美味しい立場すぎる!ずるい!なんて事も思いましたが、
嫌味のない主人公だったのでそこまで気になりませんでした。
甘酸っぱさは非常に伝わってきます。
途中いろいろありますがその辺は正直あらすじの一部に過ぎないかな。
起承転結の転の部分が仮にほかの内容でも充分楽しめた気がします。
長澤まさみさんの声は主人公の役柄にぴったりでした。
芸能人の声優には反対派でしたが、彼女はすごく上手ですね~。
観終わったあとは悶えたくなる。
ジブリはなつかしさのツボを抑えているとおもいます。
なんか懐かしい感じが…
一言で言うと宮崎アニメ的な感じです。
ストーリーはごくありふれたどこにでもあるんですが、昭和の懐かしさを感じさせるシーンがちりばめられています。昔の横浜の風景や町並みなどは、当時の人々の生活を映し出し、哀愁漂う映像に観客は見入っていました。
一部シーンに「耳を澄ませば」を連想させえる場面があり、ここは例のような展開に?
と思いきや。いろいろあるんですなと感心させられました。(←こうなるとは思いませんでした。)
思っていたより良かったかな
予告編をチラ見した限りでは、あんまり盛り上がらなさそう・・なんて思いつつ見ましたが、
懐かしい感じ映像も手伝って楽しめました。
まぁ、お父さんお母さん世代がターゲットなのかな・・
しかし、見ていて俳優・女優さんの顔が不意に浮かんでくるので、声優さんの配役はエンドロールで判る方が良いなー。
集結せよ、長澤まさみが喋っているぞ
「ゲド戦記」の監督として知られる宮崎吾郎監督が、長澤まさみ、岡田准一を声の主演に迎えて描く、群像劇。
本作の作り手、宮崎吾郎は当初、本作の主人公である海の原画を企画・脚本の宮崎駿に持ち込んだところ、「こんなの駄目に決まっているだろう」と一蹴されたという。顔の輪郭も体のつくりもがっちりした女の子・・宮崎駿でなくとも一蹴するだろうが、それだけ本作の成功のキーポイントに、主人公をきちんと描けるかにあると、作り手の意識は働いていたのだろう。
その重要な役柄を演じることになったのが、東宝の秘密兵器、長澤まさみである。「岳」で見せた柔らかい中にも、凛とした強さと温かさを内包した女性像に、久し振りにスクリーンで輝く長澤の魅力を再確認した。学生運動の波が吹き荒れる熱き時代、その中で友情と恋愛に心揺れる一人の美しい女性・・・長澤はどんな形で演じきるか。期待をもって観せていただいた。
本作は2時間足らず、昨今のジブリ作品にしては短くまとめられた作品である。観客はその濃縮された時間に、壮大なドラマや葛藤、疾走を期待してしまうが、その予測は大いに裏切られる。詳しい事はここでは書けないが、小さな短編ドラマを繋ぎ合わせて作られた印象が強い。
「あの頃は、良かった・・」と当時の時代を生き抜いた方々が胸を暖める記憶を、こっそりと耳打ちしたような秘密の共有が嬉しい、極めてセンチメンタルな魅力が発散する佳作である。大作として観客の度肝を抜こうとしない作り手の身の丈を考えた作品といえるだろう。
その中で、長澤は特異な存在感を打ち出している。小さな記憶に心が躍る柔らかい世界にあって、常に感情を押さえ込み、物語全体の空気とは一線を画している。まるで、感傷に浸る劇場を冷静に引っ張っていく指揮者の如し。その強さと迫力にこそ、作り手は期待して主人公の心を預けたのだろう。
単純に、回顧物語として観客の記憶に刻まれることを拒絶し、未来へと前進する力強さと希望を主人公に、そして彼女を演じた長澤に委ねた意欲が満ちている一本ともいえる物語。声もきちんと味わい、主人公の魅力をしっかり感じて欲しい。
集結せよ、耳を澄ませ、長澤まさみが喋っているぞ!!
全体的に吉永小百合さんの日本青春映画の趣。
「ゲド戦記」で酷評された宮崎吾朗監督の二作目。前作は初めてのアニメ監督だったし、そもそもファンタジーものは宮崎駿監督以外誰がやっても難しかった。今作では宮崎駿監督が企画と脚本にも協力してる。
結論からいうとアニメ映画としてゲドよりもはるかによく仕上がってた。
古き昭和を描いた映画やアニメは最近多いが昔の写真を模しただけで、その時代の空気まで再現できてるものはあまりない。舗装されてない道や小汚くゴチャゴチャした街並み、騒然としてるが生命力ある当時の人々の生活感などは、若いスタッフのアニメスタジオでは描くことはできない。宮崎駿監督の監修の下、当時を知るベテランスタッフが揃うジブリならではの作品だ。
今では考えられないような純愛物語、全体的に吉永小百合さんの日本青春映画の趣。宮崎駿監督は若き日の自分や薄れていく懐かしき時代を描き残したかったのではないか。父親の脚本を吾朗監督が叙情的に映像化した。アニメに関心のない50、60代のおじさんおばさんにお勧めしたい映画。
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