天国からのエール : インタビュー
「午前中に健康なときのシーンを撮って、午後からやせているシーンということもあったけれど、できる限りのことはしたかった。ずっと沖縄にいて、陽さんを知っている人たちと一緒に過ごすと、もっともっとと思うわけですよ。そう自分に使命を課したときに、日にちはないけれど限界までやらなければ、もっとに応えられないという気持ちでやっていました。だから、撮影の合間が30分あったら走って、やせるというより少しでも疲れた感じにしようと」
ただそのジョギングには、思わぬ落とし穴が待っていた。一心不乱に走っているうちに、迷子になってしまったのだ。
「キツネにつままれるって、こういうこと(笑)。携帯も持たずに走っていたから、いかんと思ったけれど、いくら歩いても分からない。たまたま車で通りかかった近所の人に、『すいません。この辺にスタジオありませんか?』と言って、連れていってもらったんです」
そんなハプニングがあったにせよ、演技には全神経を研ぎ澄ませて仲宗根さんの人生を背負い伝えることに腐心。幸運にも終盤となった最期のシーンでは、その成果がいかんなく発揮されている。
「実際の彼は、決して痛がるとか弱いところを周りの人には見せなかった。亡くなられる寸前でも、子どもたちやお客さんが来るとベッドから起き上がろうとするくらい気丈な人だったそうです。亡くなるシーンも交わすセリフは少ないけれど、その気丈さだけは間違ってはいけないと思い、気合が入ったというよりも気持ちでやらせてもらった。自分でもあのシーンには不思議な力があると思いました」
撮影から間もなく1年がたとうとしているが、仲宗根さんの存在は今も阿部の中で大きなウエートを占めているようだ。今年7月6日の完成披露試写会では、主題歌を担当したあじさい音楽村出身のガールズバンド「ステレオポニー」と初対面し、「ニイニイに似ている」と涙ながらに言われたそうで、それも手応えを感じている一因だ。
「実はまだ(仲宗根さんの魅力を)計り知れていないんです。たまに自分が生き方として迷うときには、彼のことを思い出したりします。彼が人の痛みがわかる人間になれと若者たちに言い続けたように、熱く人とかかわっていくという精神を、映画を見た人が感じ取ってくれればいい。ステレオポニーとは映画を見た後に10分くらい話したけれど、どんどん涙ぐんでいく。『何で?』と聞いたら、『(ニイニイと)かぶる』って言うんですよ。かぶるわけはないんだけれど、それはすごくうれしかった」
10年ほど前に話を聞いたときに、「興味があればどんな役でもやります」と話していた。その言葉を実践するように役の幅を広げ、常に第一線を走り続けている。そんな信念の強さは、どこか仲宗根さんに通じるものを感じる。
「あきらめようと思ったことはないね。自分が不遇のときであっても。けれど、今の自分の姿は予想していなかった。うっすらと思い描いていたかもしれないけれど、それは無謀なことであって、今もいろいろな役をやらせてもらっているのは奇跡的だと思える。僕の場合は人に恵まれて、そういう人が助けてくれた。すごくラッキーだったと思います」
当然、謙そんも含まれているだろう。それでも映画、ドラマを問わず主演俳優としてキャリアを積むことで、“座長”としての責任感も芽生えてきた。
「主演をやるようになって思うのは、作品に対する責任。今回のように、実在した人物をやるときには、決して間違ったことをしてはいけないし、手を抜くなんてありえない。たとえそれが時間がなく意見が分かれても妥協したくはない。映画になったときに、恥ずかしいものは出したくないという責任は、最初に重視します」
今後も「ステキな金縛り」「聨合艦隊司令長官 山本五十六」「麒麟の翼」と出演映画の公開が相次ぐ。来年公開予定の主演作「テルマエ・ロマエ」ではついに!? 日本人ではない役どころに挑むまでに突き抜けた。阿部寛という役者の器は、まさに底なしだ。