「ゴールデングローブ主演女優賞は当然」ブラック・スワン DOGLOVER AKIKOさんの映画レビュー(感想・評価)
ゴールデングローブ主演女優賞は当然
映画「ブラックスワン」を観た。
第68回ゴールデングローブ賞映画部門で この映画を主演したナタリー ポートマンが主演女優賞を受賞した。予想通り。
これだけやって 女優主演賞が取れなかったら 余りに可哀想だ。100分余りの映画の間、彼女がアップで、または遠くから、横から 斜めから 下からカメラが追って 彼女がいないシーンなど皆無と言うほど 彼女が出ずくめのフィルム。一人芝居と言っても良い。音響も音楽よりも彼女の息遣いだけが サウンドになっている時が 嫌に多かった。それでスリラーとかミステリー効果を狙ったのだろう。
ナタリー ポートマンは 子供の時からバレエを たしなんでいたそうだが、この映画のため に徹底的に体重をしぼって痛々しいほど骨と皮になって 本当にバレエを代役なしで自分で踊っている。すごい。
今回 同じゴールデングローブ賞で、クリスチャン べイルが「ザ ファイター」で 助演男優賞を受賞したが 彼がまた 信じられないほど体重を落として ボクサー役を演じている。なんか俳優達が 役作りのために、そろって我慢大会をして やせこける映画ばかりが賞を獲って、「よく痩せましたね」の努力賞みたいだ。そんなに体重をしぼって 熱血熱演しているのだから迫力がある。痩せた熱血漢がヒーローになり、デブはお笑いコメデイをやるしかない という単純なアメリカ文化も やるせないが バレリーナもボクサーも体重をコントロールすることが条件だから それに合わせて俳優が伸縮自在になるのも 仕方がないことか。
ストーリは
ニューヨークシテイーバレエ団では 久々に大作チャイコフスキーの「白鳥の湖」に取り組むことになった。バレリーナたちは 誰が主役を取るのか 気もそぞろだ。遂にニーナ(ナタリー ポートマン)が主役に抜擢された。彼女は母親と二人暮らし。バレリーナだった母親は ニーナのバレエ教育に厳しく 健康管理や生活態度にまで うるさく干渉してきた。ニーナは 子供の時から そんな母親の期待にこたえようとしてきたから、プリマドンナに選ばれた歓びはひとしおだった。
地味でシャイなニーナが主役を射止めた一方、ニーナが怪我や病気をしたときに代わりに踊る代役に リリーが抜擢される。リリーは外交的で明るい性格。ライバル意識を隠そうともせず ニーナに接近してニーナの役を奪い取って自分が主役を踊りたい。ふたりのバレリーナの競争心や アートダイレクターとの関係も緊張感を増し 開演が迫るにつれ 互いのプレッシャーが、爆発寸前にまで煮詰まっていく。
この先は 一応この映画、スリラーとか、ミステリーということになっているので ストーリーを言うことができない。
ストーリーも ナタリー ポートマンのバレエもかなり期待を裏切られた。良いシーンは、二つほど。リハーサルで ニューヨークシテイーバレエ団オーケストラのヴァイオリン ソリストが立って 独奏するのに合わせて ニーナが踊るところ。もうひとつは、やはりヴァイオリンに合わせて 長いデュオでカップルが踊るシーン。天井の高いバレエスタジオで チャコフスキーが 素晴らしく響いていた。バレエの素晴らしさは やはり美しい曲と 見事な演奏なくしてはあり得ない。生の演奏に合わせて 踊り子達が跳躍する姿はとても美しい。
昔「アンナ パブロア」というフランス映画があって、忘れられない 素敵なシーンがある。アンナがひとり 劇場の様子を見に行ってみると、舞台のそでで初老の男がピアノを弾いている。アンナは新しいピアニストが 自分が踊る謝肉祭の「白鳥」を リハーサル前に 練習しているのだろうと思って、服のまま、舞台に立って ピアノに合わせて踊り始める。ダンサーもピアニストも 次第に熱が入ってくる。でも、どうしても1箇所 ピアノがワンテンポ遅れるところがある。アンナは「そこ、あなた まちがっているわよ。ワンテンポ 休符がはいるでしょう?」とピアニストに注意する。何度かやってみて、やはり、うまくいかない。そこで、ピアニストは「フムフム、ここで君は息継ぎをしないと 次の動作に入れないんだね。じゃあ君のために この部分を書きなおしてあげよう。」と老人は言う。「え、、あなたは誰?」驚いたアンナに 作曲家サンサーンスが 名乗りをあげる。若々しいアンナと 老紳士サンサーンスとの出会いのシーンだ。とても微笑ましい。良いシーンだ。
「ブラックスワン」同様ニューヨークシテイーバレエ団を主役にしたバレエ映画「ザ カンパニー」という映画(2003年)もあった。こちらの方が わたしは好きだ。プリマドンナに抜擢された娘が ニューヨークのアパートに一人住んでいて、バレエだけでは食べていけないので バレエの合間にカフェでアルバイトをしている。恋人(ジェームス フランコ)との付かず離れずの優しい関係も、現実のバレリーナの生活に近い。彼女が大役を終えて 仲間との打ち上げパーテイーも終わり、アパートに一人帰ってきて、お風呂に入る。公演のプリマドンナという重荷を下ろして 熱い湯に身を浸した瞬間に 安堵の涙がどうと溢れて すすり泣く。そのシーンにとても共感できた。観ていて自分の体のすみずみまで熱い湯がゆきわたるような気がしたものだ。うまい。プロが作る映画とは、こんなふうに共感、共鳴の波を作りだせるのか、と感心した。
「ブラックスワン」に共感できるところは、ひとつもない。またこのストーリーとニューヨークシテイーバレエ団とがマッチしない。10年前のキエフバレエ団なら 合うだろうか。
映画に出てきた主役と代役との葛藤は 興味深い。代役で 切っ掛けをつくり成功して 若い役者が主役以上の人気者になってしまう例はたくさんある。「アラビアのロレンス」は リチャード バートンにはずだったのが、ピーター オトッールが演じて成功した。「風と共に去る」は エリザベス テーラーでなく ビビアン リーが主演したから大成功した。未知数の可能性を持った 若い人が こんな風に代役を契機に出てくるのは良いことだ。
ハリウッドもそろそろ 女アクションはアンジェリーナ ジョリー、SFはキアノ リーブス、正しい人はべンゼル ワシントン、忠実な男は マット デイモン、強い女はヒラリー スワンク、変態はジョン マルコビッチ、死なない男はブルース ウィルス、精神病者はジェフリー ラッシュといった 繰り返し似たような役ばかりを 決まった役者にやらせる安易な使い方をやめて、若い人を発掘するべきなのかもしれない。