「愚直に、にじり寄る」英国王のスピーチ ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)
愚直に、にじり寄る
「くたばれ!ユナイテッド」などの作品で知られるトム・フーパー監督が、コリン・ファース、ジェフリー・ラッシュといった実力派俳優陣を迎えて描く、群像劇。
彼の後ろを、歩いてはいけない。自分を傷つける敵かと思われて、蹴り倒されてしまうから。彼に、いきなり馴れ馴れしくしてはいけない。警戒心の強さから、避けられてしまうから。ゆっくりと、敬意を示しながらにじり寄ることが、大切だ。彼とは、さて誰でしょうか。
本作は、そんな「彼」に対する誠実な姿勢を踏襲した真っ直ぐに、愚直な心が生んだ佳作である。物語が動き始める冒頭部、観客は少なからず違和感を感じるのはそのためだ。
役者の美しい顔をスクリーン一杯に映しこむズームカットに慣れ親しんだ観客にとって、作り手が主人公、ジョージ6世に対して示す最初の態度は、スコーンと空白の壁を移し込む引きの画面から見えてくる。「すいませんね、ちょっと、撮影させていただきますね?」とでも言わんばかりの他人行儀なカメラが見つめるのは、内にこもって不機嫌な表情のジョージ。
ジョージ国王がもつ苦しみを、和らげようと奮闘するライオネルの診察と同様に、作り手は焦らず、尊敬の念を持って国王ににじり寄っていく。空虚な隔たりは破天荒な治療と共にその間を埋め、熱を持ち、信頼を持ち、国王の息遣いが聞こえるまでに近付いていく。
そして、最後のスピーチ。開け放たれた窓、小さな部屋。国王の意固地な顔のアップを許されたカメラは、ライオネルの静寂なる指揮の元で、力強い言葉の飛翔を観客に提示する。その丁寧な描写、暖かな賛美、この9分間という短い演説が本当に観客の心に届くために、作り手は嘘偽り無く国王と信頼関係を築こうとしたのだ。
風吹き抜ける空へ向かって、言葉よ、勇気を持って翔べ。英国の歴史に隠された小さな奇跡を、どうやって描くべきかを考えれば、極めて的を射た演出の形だと私は思う。そして、その作り手の思いに実力派キャスト陣は的確に応える事に成功していたと言えるだろう。
「彼」は、誰か。動物に少なからず造詣の深い方なら容易に想像つくであろう。この場で偉そうに正解を語る必要も無い。
ただ、「彼」に対する誠実さを私は正しいと思う。それだけである。そう思わせてくれるこの物語もまた、私は正しいと思う。それだけである。