劇場公開日 2011年1月29日

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「作品と人物とは別もの、作品には罪はありません しかし本作においては、監督にそのような異常な精神構造があったからこそ、このような異常な映画を生み出すことができたのだ そのように思えるのです」冷たい熱帯魚 あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0作品と人物とは別もの、作品には罪はありません しかし本作においては、監督にそのような異常な精神構造があったからこそ、このような異常な映画を生み出すことができたのだ そのように思えるのです

2022年4月19日
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鑑賞方法:DVD/BD

傑作です
それも突き抜けた世界的な傑作だと思います

恐ろしいことに、映画が終わったとき、私達はカタルシスを感じてしまうのです

「もし再編集することが可能なら、でんでん演じる男が吹越満演じる男に刺殺され、黒沢あすかが笑っているくだりでエンドロール、という形にしたい」と監督は語ったそうです

つまり、監督はそのカタルシスを観客に与えたのは間違いだったと考えているようです

観客をカタルシスに至る道だけを示して終わるべきだったという意味は何でしょうか?

それは観客を本作を観た後に強い欲求不満に置いて帰らせるべきだったと考えている
そう言うことだと思います

そうすることで、観客をその欲求不満に耐えかねて、やがて猟奇殺人を夢想するように仕向けたい
それが監督の本当の狙いだったように感じるのです

序盤から、観客に主人公に感情移入をさせ、怒りと反撃の感情の圧力をどんどん高めているのは、クライマックスのカタルシスを与えるための計算された伏線であったのです

妻や、娘がともに乳房の大きな女優が配役され、妙に胸もとの広くあいたセクシーさを強調した衣装、主人公を実は愛していない妻、レイプされて喜ぶ妻、再婚するまでは優しい娘だったのが、手のつけられない反抗的な娘に変わってしまう
あざといぐらいです

主人公が攻守入れ替わって徹底的に反撃するクライマックスを敢えてカットして、観客を欲求不満に陥れること
それが本当の監督の狙いであったのなら、その為の伏線もまたあざといとは思われなくなるだろう
そういうことだと思えます

恐ろしい映画です
こんな映画は世界を見渡してもないと断言します
唯一無二です
そら恐ろしい傑作だと思います

つい先日このようなニュースを読みました

「園子温の性加害を出演女優らが告発!「主演にはだいたい手を出した」と豪語する大物監督の“卑劣な要求”」

記事にはこんなことまで、書かれていました
少し引用します

「確かに、すべての監督がそうでないにせよ、少なからず現実に起こっている“異常”な実態があるんです」
 そう話すのは、さる映画配給会社の幹部だ。話を続ける。
「今も平気で“俺とヤッたら仕事をやる”と言う映画監督がいます。彼の作る映画は評価が高く、作品に出たがる女優はたくさんいます。それを利用して、彼は当たり前のように女優たちに手を出している。それが、園子温です」

作品と人物とは別もの
監督や役者の不祥事で、作品をお蔵入りにするのは、自分はおかしいと思っています
作品には罪はありません

しかし本作においては、監督にそのような異常な精神構造があったからこそ、このような異常な映画を生み出すことができたのだ
そのように思えるのです

だからといって、優越的な立場を利用して性加害を行ってよいのでしょうか?
良い映画を撮るためには何でも許されるのでしょうか?
その為には監督の要求には理不尽なことでも、性被害をうけても従うべきなのでしょうか?

そんな事を許すくらいなら、そんな映画なんか無くていいと思います

せっかくの傑作がそのような行為によって、撮られていると思うだけで胸糞が悪いのです

本作の肉体を「透明」にする作業のシーンよりももっともっと胸糞が悪いとは思いませんか?

園子温監督のファンです
自殺サークル、紀子の食卓、愛のむきだし、そして本作
どれも傑作です
心の底から世界でも屈指の才能のある監督であると思っています

それでもそう思います

あき240
masamiさんのコメント
2022年4月22日

突然すいません。全面的に同意します。ロマン・ポランスキーも同病なのかな?

masami