冷たい熱帯魚 : インタビュー
国際的に評価された「愛のむきだし」で09年の話題をかっさらった、園子温監督待望の最新作「冷たい熱帯魚」。ベネチア、トロントと海外の映画祭での熱狂的な支持が伝えられてきた同作が、いよいよ1月29日に公開される。人のいい男を演じさせたら日本映画屈指の名脇役でありながら、同作では、主人公・社本(しゃもと)を狂気の世界へといざなっていく稀代の殺人者、村田幸雄を圧倒的な存在感で演じたでんでんに聞く。(取材・文:編集部)
でんでん インタビュー
「村田は、殺してもいい奴を選んでる」
ドアの向こうから、人の良さそうなリズムで親しげに語りかける口調が聞こえてくる。それは徐々に熱を帯びていき、やがてたたみかけるように勢いを増し、ついには相手をどう喝するほどのものに。そしてまた、相手をなだめるような調子に戻って言葉を結んでいく──劇中の村田そのままのセリフは、聞けば「動画のコメント録り」だったとのこと。映画の完成から公開まで約1年、「お客さんが入るのかって考えると不安ですけどね。でもこうしてまた“村田節”で話したら、そんなの吹っ飛んじゃいましたよ」と笑う、俳優でんでんがそこにはいた。
「やった! よしきた!! と思いましたね。ずっと“ワル”をやりたいと思ってましたから。脚本を読んで、あまりのセリフの多さ、出番の多さにびっくりしたけど、予想以上の役の大きさに本当にワクワク。喜びと楽しみの波状攻撃でしたよ。詐欺師なんですよね、村田は。昔知ってた人で、手形の詐欺師みたいな人がいてね。口調なんかは、その人を参考にしています。いい人間ぶって相手を引っ張り込むなんてとてつもなく悪い奴だと思うけど、えじきにしてる人間も悪い奴なんじゃないかな。村田はそういう奴を見抜く目を持っていて、殺してもいい奴を選んでる。(演じていて)そういう逃げ道は(自分の中では)あったんです」
いまや北野武、三池崇史らに続き、世界の映画ファンに注目される存在となった園子温監督の最新作「冷たい熱帯魚」である。09年「ちゃんと伝える」以来となる園監督作への出演、それも、吹越満演じる冴えない熱帯魚店の店主・社本を、狂気の世界に巻き込んでいく完全なる悪役。ウソの投資話に人を巻き込み、都合の悪くなった人間の命をなんのためらいもなく奪い、そして、この世から完全に処理してしまうという、純粋無垢な“怪人”村田幸雄役だ。これまでの“人のいいおやじ”というイメージを180度覆す大役に、喉を潰したり、他の仕事との兼ね合いで現場を行ったり来たりする苦労は伴ったという。
「身体的に辛かったのはその2つくらい。大変は大変だけど、楽しいことしか思い出さないんですよね。映画自体が好きだし、出るのはもっと好きだし。お芝居をしていること自体が楽しかった。それにこうして評判がいいって聞くと、いい思い出にしかならないですよ。浮かれちゃってねえ(笑)」
事実、ワールドプレミアとなったベネチア映画祭、トロント映画祭ほか海外の映画祭では、熱い歓声に迎えられている。本人曰く「(ベネチアでは)観客の反応とガマンしていたトイレが気になって、映画観るどころじゃなかったけど」ということだったが、その体験は大きな自信へと繋がっているに違いない。コメディアンを経て、81年の森田芳光監督作「の・ようなもの」で映画デビュー。俳優に転身して今年で30年、青山真治、山田洋次、黒沢清、阪本順治ほか、名だたる監督たちの現場を経験してきた身でありながら、日本映画の変化について話を向けても、「夢中でやっているだけですから。そういうことを考えたり観察している余裕はない」と言い切る。
「次にまた呼んでいただくために1本1本精一杯取り組む、という気持ちだけですね」
そんな彼に、好きなシーンを聞いてみた。
「全編観てほしいですし、観なくていいシーンなんてないんですが……吹越(満)さんの『人生は痛いんだよ』が、セリフとしては好きかなあ」
“生きる”ということはどういうことか? 残忍でグロテスクで凄惨な物語でありながら、「冷たい熱帯魚」は、村田、社本、そして社本の娘という3世代の姿を通して、その意味を観る者に突きつける作品である。そして、でんでんが挙げた「人生は痛い」というセリフは、まさにその本質なのである。
「冷たい熱帯魚」は、1月29日より全国公開だ。