劇場公開日 2011年8月27日

「原作に忠実に、浮ついたところもなく、生真面目で優しい映画に仕上がっていました。」神様のカルテ 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0原作に忠実に、浮ついたところもなく、生真面目で優しい映画に仕上がっていました。

2011年8月31日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 凄く感動して、今年一番泣かされた作品となりました。ベストセラー原作ながら。鳴り物入りになりがちなところを、原作に忠実に再現。浮ついたところもなく、生真面目で優しい映画に仕上がっていました。
 テーマも明確で、多くの人を助ける先端医療か、目の前の患者を助ける先端医療か。大上段に社会問題として切り取るのでなく、主人公の医師の抱える苦悩を通じて浮き彫りになっていきます。そして見えてくるのが、人はどのような終末を迎えるのが幸せなのかというターミナルケアの問題。本作では、凄くハートウォームに答えを示してくれて、とても感動しました。

 それにしても、深川監督の演出は進化していましたね。これまでは、カット割りを細かく切り刻み、パズルのように組み合わせて、観客をアッと言わせる「マジック」がウリでした。けれども、前作『白夜行』では、それをやり過ぎて失敗だったと思います。セカセカしすぎて、筋が見えにくくなくなっていたのです。本作では、原作の空気感に合わせて、進行の回転数を大幅にスローに。これまでのカット割りの細かさは変わらないのですが、要所にじっくり見せるアップの長回しを取り入れて、全体を落ち着いた印象にまとめています。
 素晴らしいのは、原作以上に登場人物の人物造形が深くなっているのです。そして、原作のエピソードもポイントとなる部分を巧みにつないで、凄く分かりやすく感じました。

 ただでさえ地方の医師不足の時代。主人公の青年医師一止も同僚の医師も、病院が24時間365日などという看板を出しているせいで、3日寝ないことも日常茶飯事。夜間になると当直医師がたった2名になってしまいます。自分が専門でない範囲の診療まで行うのも普通。救急も入院患者の診療も、小児科の子供の面倒も全て見なくてはいけません。原作を読み続けると、医師には人間としての当然の休息も人権すらも、患者のために奪われて、個人の生活がめちゃくちゃになっていく姿が描かれています。
 一止の場合も、山岳写真家の妻は世界中を撮影旅行していて、いつもすれ違い。そんな犠牲を払っていても、外来の患者のなんとわがままなことでしょうか。一止の禁酒の助言も全く聞こうとしません。
 少しでも多くの患者を救いたくとも、満足に救えないという一止の苦悩は、見ているだけで、深く考えさせられました。新人の看護士には、あまり特定の患者に関わるなというのが口癖の一止でしたが、実はそれを語る一止が一番熱心に特定の患者に関わってしまう医師だったのです。

そんな一止に、大学病院の医局から熱心な誘いがかけられます。大学病院の研修に参加したシーンでは、勤務先の本庄病院とは比べられないくらい、ひとり患者の治療を方針を巡って高度な臨床方法が討論されていました。一止も先端医療に興味がないわけではありません。医局に行くか行かないかで一止の心は大きく揺れます。

 大学病院での研修中に、外来も担当した一止は安曇さんという患者の診察をします。その後の精密検査で末期がんと診断された安曇さん。身寄りもなく、大学病院には、「手遅れ」の患者として入院を拒否されて、必死で以前診察してもらった一止を探し出して、本城病院に入院。余命を一止に託したのでした。
 安曇さんは、凜とした気骨あるご婦人です。その姿は最後まで気品を損なわずに感動を誘いました。その雰囲気は、演じた加賀まりこが末期ガン患者に、一ヶ月寄り添って感じ取った役作りの賜物でしょう。
 安曇さんを巡って、一止が決断を迫られるシーンがやってきます。それは、大学病院で行われる内視鏡セミナーに出席すべきか、それとも同じ日に重なった安曇さんの誕生日に担当医として付きそうべきかという二者択一でした。医師としてなら、地方では滅多にない高度医療のセミナー出席は当然の選択です。

 しかし一刻一秒を延命することが医療の目的でしょうか。そのことを想起させる伏線として、一止が尊敬する古狐先生(消化器内科副部長)がどうして、大学病院の医局を蹴飛ばしてまで、本城病院にやってきたのか一止が関心を持つことが描かれます。一止の決断した結果は、古狐先生の理由と軌を一にしていたのでした。そして、安曇さんも遺言で、延命治療を望んでいなかったのです。

 限りある命を凄く意識している末期患者にとって、延命で苦しみを長くすることでなく、一止のように誠実に寄り添ってくれる医師がいてくれたらほうがどんなにか、幸せなんですね。一止を探そうと思ったのも、大学病院で一回きりしか診察を受けなかったのに、克明な手書きのカルテを書いてくれた一止が安曇さんにとって嬉しかったのです。たとえ内容が分からなくても、びっしり書かれたカルテは、安曇さんにとって「神様のカルテ」のように思えたのでした。
 安曇さんの死後に、そのことが安曇さんの遺した手紙によって明かされるくだりには、一止と一緒になって、号泣してしまいました。

 ところで、メインの病院でのシーンと同時進行する一止が妻榛名と暮らす御嶽荘の住人とのやりとりもなかなか、泣かせてくれます。御嶽荘自体が、和風旅館をそのまま使った下宿屋の風情。結婚するまえの榛名も、ここで暮らしていました。御嶽荘に残っていたのが御嶽荘大家で売れない画描きの男爵と哲学科大学生という触れ込みの学士殿。そこに、漱石の『草枕』を全文を暗誦できるほど漱石に傾倒する余り、話し方が古風で、周りからは変人と思われている一止が加わって、よなよな奇天烈な文学談義が交わされるのでした。
 学士殿が学士となる夢を諦めて、国に帰ることになったとき、みんなで派手に送り出すシーンが心がこもって感動的でした。
 そして、すれ違いの生活を送っていても、ちゃんと一止と繋がっている妻榛名の存在が素敵です。激務の一止を包み込んでいるかのうな感じなのです。ラストで榛名が一止にある重大なことを告白したとき、ふたりがそっと寄り添うところが、とってもいいんですねぇ。

 それにしても、本作出演者の役作りはなんと素敵なんでしょう。原作以上に存在感が息づいています。
 一止役の櫻井翔は、まるで演じる一止に負けず劣らず、ワンカットごとに役作りに悩みに悩んで、古風でスローテンポな一止像を作り上げたそうなのです。原作ファンなら、きっと活字のなかの一止像とタブって見えることでしょう。
 榛名役の宮崎あおいも原作マンガのキャラ以上に微笑む姿が可愛いい!台詞が少ないのに、表情の豊かさだけで存在感をたっぷり感じさせてくれました。
 古狐先生の柄本明も当り役。飄々としたなかに、医師としての気骨も感じさせてくれました。是非続編を製作してもらって、古狐先生の味わいある役柄をたっぷり見せつけて欲しいものです。
 本作で一番意外なキャストが男爵役を演じた原田泰造。お笑いを封じ、どことなくインテリを装う貧乏絵描き役をシリアスに演じて、俳優としても充分通用するなぁと感じました。さらに、落ち着いた映像にあわせて、透明感のある辻井伸行のテーマ曲が心に沁みました。

 震災以降、いまどう生きていくのか考え直す時期に来ていると思います。どう生きたらいいのか道に悩んだとき、本作をご覧になって一止に心を寄せられてはいかがでしょうか。

流山の小地蔵