劇場公開日 2011年8月27日

神様のカルテ : インタビュー

2011年8月24日更新
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深川栄洋監督「乱暴に撮る」決意の先にあるもの

2005年に「狼少女」で劇場長編映画監督デビューを果たし、「真木栗ノ穴」(07)、「体育館ベイビー」(08)を経て、近年は「60歳のラブレター」「半分の月がのぼる空」「白夜行」「洋菓子店コアンドル」など、次々と新作を発表し気鋭の若手監督として名を刻んでいる深川栄洋監督。その作品数と話題性から、日本映画界からどれだけ求められている監督であるかが伝わってくる。「神様のカルテ」では、櫻井翔と宮崎あおいを主演に迎え、新たなヒューマンドラマを完成させた。そこには“人間ドラマを描くことに長けた監督”と評される理由が隠されていた。(取材・文/新谷里映、写真/堀弥生)

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同作は、地方病院で働く青年内科医・栗原一止(櫻井)が、ひとりの医師として、人間として成長していく姿を描いた、現役医師のデビュー小説の映画化。「主人公の成長は、自分自身と重なるものがあった。僕に声をかけてくれた意味を感じ取ることができた」と、物語の魅力、監督を引き受けた心情を語る。

「医者の技術を見せるわけではない、地方医療の厳しさをドキュメンタリータッチで見せるわけでもない、けれど医者が抱える個人的な悩みが医者でない僕でも分かる物語だった。そこにひかれたんです。彼の成長であれば描けると思ったんですよね」。また、「狼少女」の製作当時にとあるきっかけで出会い、いつか一緒に仕事をしてみたいと願っていた、「世界の中心で、愛をさけぶ」「クローズド・ノート 」などで知られる春名慶氏がプロデューサーであることも決め手だったという。

この映画には“変わっていくもの”と“変わらないもの”が同居している。そして、その変わらないものを丁寧に描くことが、深川監督の描きたいものだった。「変わっていくものは、最先端の医療技術。変わらないものは、人と人とのかかわり合い方。現代でも人とのかかわり合い方は変わらないし、変えてはいけないと思うんです。今回、一止と榛名(宮崎)の夫婦を描くにあたって大切にしたのは、相手が下を向いていたら下を向かせないために何かをしたり、道に迷ったら道を示したりする支え合い。僕の父と母を見るように一止と榛名の結びつきを撮っていきたかったんですよね」と、自らが育った家族の愛をモデルにしたと明かす。

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「僕の両親はすごく仲のいい夫婦なんです。父は内装職人なので、わがままで利己的でとても封建的。けれど、母はそんな父を巧みにコントロールしている。もちろん、失敗を積み重ねて修得した業だとは思いますけどね。そんな母の手練手管をこの作品で見せていきたいなと。榛名のような女性がいたら、道を間違えずに生きていけるんじゃないかなと思ったので。というのは、僕は今とてもあやふやな世界に身を投じていて、これまでにも誘惑に負けそうになったことがたくさんあった。そのとき、道を誤らずに済んだのは、両親の愛情をたくさん受けてきたから。愛情が行動規範になっていると思っているんです」。深川監督が人間ドラマを描くことに定評があるのは、注がれた愛を当たり前だと思わずに感謝する、豊かな心の持ち主だからなのかもしれない。

深川監督の中に渦巻く愛情は“深川マジック”として俳優に注がれている。櫻井は常に「自分は一止をこう演じたい」と主張するのではなく「監督はどう思うんですか? 監督はどう感じたんですか?」と、深川監督の思い描く主人公に近づこうと努力を惜しまなかった。宮﨑も榛名のキャラクター設定において「これは一止くんの成長物語だからハルを掘り下げる必要はないと思うんです」と、役者にとって面白いはずの演技よりも、良い作品になることを第一に考え「本当にすごい女優です」と深川監督を唸らせた。役者をそんな気持ちにさせているのは、間違いなく深川監督の“愛”であり、その愛は大女優・加賀まりこの心も動かし、涙を誘う感動的なシーンを誕生させた。末期ガン患者の安曇(加賀)に一止が手術のために病院を移らないかと話す場面はそのひとつだ。

「たとえば、台本に“静かに首を振る感じ”と書かれていても、加賀さんは強く表現したいと言うんです。最後の決断をした人間は強く出るはずだと。なるほどなって思いました。どのシーンでも僕の考えている安曇さんを加賀さんは超えようとするんですよね。加賀さんの姿を見て、役を生きるとはとはこういうことを言うんだと気づかされ、安曇さんのキャラクターを通して、第一線を切り開いてきた女優・加賀まりこの生きざまを見た気がしました。女優としてはもちろん、先人として尊敬しています」。ちなみに、加賀まりことの出会いは10年以上前にまでさかのぼる。深川監督が無名の時代、作品を映画館でかけるために加賀にコメントをお願いしたのがきっかけ。 変わらないもの=人とのつながりがここにもあった。

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映画人からも観客からも期待を寄せられる、深川監督の今後も気になるところ。2012年は「ガール」の公開が控えるなど、さらなる一面を見せてくれるはずだが、今後チャレンジしたいことについては「乱暴に撮る」という意味深な答えが返ってきた。

「僕は映画を見ることが好きで、映画からいろいろなことを教わってきました。今も時間ができるとすぐに映画館に行っちゃうんですけど、映画を見ると、作品自体に、監督に、俳優に驚かされて、自分はまだまだだな、まだやってないことがあるなと感じるんです。でも、やっていないことはたくさんあっても、映画を作り続けていると、作ることが退屈になってしまうんですよね。だから、自分が退屈になりたくないから役者を追い込むし、カメラマンも変える。自分を守ってくれる人を敢えて廃除しているというか。しばらくはそういう方法を続けていくと思います。挑戦したいのは、乱暴に撮っていくこと。今は繊細に映画を撮っているけれど、頭を使っていない、勇気を使っていないんです。頭と勇気を使って乱暴に撮ってみたい。映画の資本がどう流れて、作られた映画がどう潤うのかを見極めながら、意味のあるものを作り続けたい。映画しか作れないダメな人間なので(笑)」。この監督ならば日本映画界の流れを変えることができる、一石を投じることができる──未来の自分を語る深川監督のその表情には、そこはかとない決意が垣間見えた。

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