「一瞬でも逢いたい。」瞬 またたき ハチコさんの映画レビュー(感想・評価)
一瞬でも逢いたい。
原作は知らないが、内容は少し分かってから観に行った。
その前に読んだレビューでかなり評価が割れているな^^;と
思いながら、実際に自分がどう感じるかと思っていたのだが。。
これ、この作品。その内容が泣ける泣けない以前に、自分が
例えば大切な人を亡くした経験があるかどうか。そしてまた、
その相手の家族との関わりや第三者との触れ合いがあったか
どうか(つまりそういうことを考慮するとある程度の年齢?の人
が確率的に高いことになるが^^;)が感想に反映する気がした。
どうしてそんなことを思ったのかというと、実は過去の自分の
経験とかなりかぶる部分があったからなのである。
かなり以前に大切な人を亡くした。
相手の家族との関わりもあった。
周囲の多くの人の励ましや慰めやアドバイスを経験した。
今回の映画とは立場も設定も違うながら、おそらく多くの遺族が
経験した喪失感や不安、哀しみ、孤独感、それらを覚えている。
どんなに哀しんでも亡くなった人は帰ってこない。
それが分かっていながら、この彼女が記憶に蓋をしているのは、
まだ信じたくないという気持に他ならない。
それを思いだし、認めてしまえば、あとはサヨナラするしかない。
ここでいうサヨナラというのは、相手を忘れ去ることではない。
ちょうど映画館を出たところで、私の後ろにいた女の子二人が、
「なにあのラスト、サヨナラってワケ分かんないよね。」と言った。
あーそうか。そんな風にこの子たちには思えたのか^^;と。
私にはすんなりとあの言葉の意味が理解できた。彼の望みを
自身が把握し、前を向いて、彼の分までもしっかり生きるという
決意のサヨナラである。彼には自分がそこへ行くまで、どうぞ
安心していて欲しい。もう大丈夫だよ。という宣誓なのである。
自身の経験談ばかりでおこがましいが^^;
どこかで自分の気持ちに区切りをつけなきゃいけない時がある。
生きるということは、本来そういうことだから。
辛い経験は確かにあったが、それを上回る幸せを私はもらった。
だからまた、前を向いて普通に生活していけるのだ。
恨んだり、悔やんだり、周囲の人を傷つけている場合ではない。
偶然知り合った弁護士の女性(大塚寧々)の力を借り、自身の
記憶と向き合う努力をする主人公。反発していた弁護士も、
自分の抱える妹へのトラウマが彼女によって溶かれていく。
ご都合主義と思われるこの展開も、実際にあり得ることだ。
そして…相手の母親の存在。永島暎子はさすがの演技。
普通なら恨まれても仕方ないだろう母親からかけられた言葉。
手渡された手ぬぐい(織物)には彼の大好きな柄が入っていた。
これには「うちの息子を愛してくれてありがとう。」と
「どうかいつまでも息子のことを忘れないでね。」が入っている、
と思ったとたんにボロボロと涙がこぼれた。義母を思い出した。
私など、彼女の苦しみの百万分の一にしか過ぎないと感じた。
母親の愛情とはどんなにも計り知れない、だから絶対に絶対に、
親より先に逝くなんてことはあってはいけない。哀しむ義母を
見て初めて彼を恨んだ。優しかった義母も病で逝ってしまった。
なんかもう、感想も入り乱れているけど(すいません)
今作を観てつまらなかった人も泣けなかった人もまったく普通。
いつぞや自分がそんな経験をした時に、そして自分が喪失感に
かられてしまった時に、あーそういうことだったのか。と理解
できればいいのです。幸せの渦中にいるならうんとそれを堪能し、
いま一瞬を命いっぱい楽しむことに専念するのが正しいと思う。
私にとっては、またそれを思い出させてくれた作品だった。
(なんだかもう、涙と鼻水でグチャグチャの私^^; でも幸せだ。)