「ジャンル分け出来ない映画」預言者(2009) 小二郎さんの映画レビュー(感想・評価)
ジャンル分け出来ない映画
どえらい映画を観てしまったなーというのが、第一の感想。
この映画、観る人によってジャンル自体がかなり変わってくるのではないか。
タフでリアルな映像を、バイオレンス、ノワールと捉える人もいるだろう。
かなりしっかりと構築されたストーリーラインを、社会派と見る人もいるだろう。
また、預言者「A Prophet」というタイトルにも象徴されているように、神話的・宗教的要素も含んでいる。
監督ジャック・オーディアールは、多様な鑑賞のされ方を全て想定して作っている。そういう意味では観客へのサービスがもの凄く行き届いた映画だと思う。
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ノワールに欠かせないのが、男くさい男の「濃い顔」だったりするわけだが。
このおっさん、どっから連れてきた?
と思わず訊きたくなるような濃い顔のおっさん、お兄さんたちが、この映画には大集合している。
主要キャストからエキストラにいたるまで、過酷な世間に揉まれすぎた顔の人ばかり。
濃い顔度を、フィルム・ノワールの名作「シシリアン」と比べてみても遜色ない。リアル度からいったら、むしろ勝ってるかも。
作品の要所要所で入ってくるバイオレスシーンも、タフでリアル。派手さはないけど、本当に痛そうな場面が多い。(映像をリアルに作り込むと、大抵、画が汚くなっちゃうんだが、これは何故か汚くない。監督の計算し尽くして作り込んだリアルさに、ちょっと可愛げがないと思ってしまうほど。)
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咽せ返るようなノワール臭に、個人的にはそれで充分満足なんだが、それだけで終らないのがこの映画。
ストーリーには幾十もの読まれ方があるのではないか。
19歳のアラブ系青年マリクは6年の刑期で刑務所へ。彼は孤児で学もなく仲間もいない。魑魅魍魎が跋扈する刑務所で、どう生き延びていくか?
マリクは、その刑務所を裏で取り仕切るコルシカ系マフィアから、庇護してやるかわりに、同じ刑務所にいるアラブ人を殺してこいと命ぜられる。命令に背けば自分がやられる。マリクは深く葛藤しつつも、そのアラブ人を手にかけることに…。その後マリクは殺した男の幻影を度々見ることになる。
マリクは、コルシカ系マフィアたちにいいように使われながらも、徐々に力を持ち始め、刑務所内またそれにコミットする外の世界で、のし上がっていく。
このストーリー、孤独な青年が新しきリーダーとして頭角を顕していく成長潭としても充分に面白い。どうやって仲間を増やしていくか、サスペンシフルで筋を追っていくだけでも楽しめる。
それだけではなく、様々な人種が渦巻く刑務所内は、フランスの縮図。移民を受け入れる政策をとりながらも、奥深いところでは対立や差別が横溢しているフランスの現状を、弱肉強食度合いがよりくっきりと浮かびあがる刑務所内というシチュエーションを使って告発していると考えることも出来る。
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もう一つ、別な見方をすれば。
主人公のマリクMalikという名前。
訳すと共同体のリーダー・族長という意味もあるが、イスラムの神話では「地獄の番人」の名前でもある。
コルシカ系マフィアが従来の「裏切り者は殺せ」的な恐怖支配で刑務所内外を仕切っていたのに対し、マリクは、対立するグループ間を調停し信頼しまとめていく。
また、コルシカ系マフィアは、マリクの友人にまで殺人を命じるのだが、マリクは自らの手を汚し、友人には罪を犯させない。罪人を拡散させない。
マリクは、自らは地獄に身を置きながら、対立と罪の拡散を食い止める「地獄の番人」なのではないか。
作中にマリクが殺した男の幻影が度々出てくる。
その幻影は、マリクの罪の象徴でもあり、救済の象徴でもある。その幻影の預言に導かれるように、マリクは「地獄の番人」へと成長していく。彼の成長は罪の贖いの道程のようにも思える。
リアルな犯罪社会を舞台にしながら、ギリギリのところで救済を描き性善説を信じている映画なのではないのかなあと思う。
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様々な要素をぶちこんだ本作。
最初にも書いたが、観る人によってその印象は全く違うものになると思う。(海外のレビューサイトなどでは、イスラム教の預言者を描いた映画だとしているものもあり、本当にいろんな見方があるなあと思った。)
どの見方が正解というのも無いと思う。
だからこそ、いろんな人(バイオレンスが苦手な人以外)に観てもらいたいなあと思う。
まさに色んな要素のある映画でしたね!
フランス社会の縮図同感です。フランスは人種とか宗教、マフィア、共和制の思想などいろいろ込み入ってて、ほんと面白いです。この映画はそういった事情をうまく織り込んでる気がしました。