劇場公開日 2010年7月31日

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「ほのぼのとした暖かみのある家族ドラマで、後味はいいのですすが、今ひとつ何か足りない気がします。もう少し安兵衛とひろ子の価値観の葛藤を掘り下げて欲しかったですね。」ちょんまげぷりん 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5ほのぼのとした暖かみのある家族ドラマで、後味はいいのですすが、今ひとつ何か足りない気がします。もう少し安兵衛とひろ子の価値観の葛藤を掘り下げて欲しかったですね。

2010年8月16日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 タイトルからは、タイムスリップして侍が、プリンづくりでサクセスしていく話かと思いきや、微妙に違っていました。
 もちろんお菓子作りで活路は開くのですが、むしろ居候先となるシングルマザーひろ子と息子の友也との触れ合う姿を通じて、家庭や夫婦のあり方とか親子関係について、問いかける内容となっているのです。そのきっかけが、江戸時代からワープしてやってきた安兵衛であったのです。安兵衛の見る現代というカルチャーギャップを通じて、現代人が当然としつつあるもののを、日本人の伝統的な価値観で見直してみたらどう写るかが描かれる作品でした。
 その点では、『ダーリンは外国人』に近いテーマではないでしょうか。

 とはいえ安兵衛の登場から、ひろ子との同居生活が始まるまでの過程は、余計な説明は省いて、さくさく進んでいきます。突っ込みたくなる気性の人には、なんでとイライラするかも知れませんが、全体的にゆるゆるなほんわかしたムードなので、細かいことに目くじら立てずに、ストーリーの世界に自然に入っていけます。その点は中村監督の演出の力でかなりカバーしていると思います。
 また安兵衛を演じる錦戸のフラットな個性が、上手く作品にマッチしていて、こんなトンデモな設定なのに、全然気負っている感じがないのですね。だから安兵衛という役に自然と共感してしまうところは大きいと思います。
 共演のともさかかりえが語るには、「お侍さんの格好をした錦戸さんには妙な威圧感がある」のだとか。確かに「ノー」とは言わせない眼力を感じました。この威厳があってこそ、なんでひろ子は得体の知れない安兵衛を、身元も分からぬままに自宅に入れてあげたのかという本作で最大の疑問点も、納得できました。
 安兵衛と目が合った瞬間に、ひろ子は冷静に考える回路が停止してしまったのでしょう。そう感じさせる錦戸の武士ぶりでした。

 ところで、偶然ともさかも、ひろ子も5歳の息子がいるシングルマザー。役を演じる上で、人ごとではない実感をもって演じたようです。そんなともさかだから、ひろ子同様に女一人で子どもを育てながら仕事もしたいということが、欲張りなことであり、簡単ではないことと認めています。
 それが通る現代でも、子供が犠牲になりがちです。だから安兵衛がいう、女は奥向きのことを守るべきということもわかるのですが、なかなか素直になれないというのが、ひろ子とともさかに共通している点だったようです。

 安兵衛もパティシェとして現代社会に認められて、仕事が忙しくなってくると、以前のようにひろ子の主夫として家事や友也の相手をしていられなくなります。そんなエネルギーを注げるものに打ち込む男性をサポートしたい女心がある一方、「わたしだって大変なんだけど!」と爆発してしまうひろ子には共感できました。
 でもね、ひろ子は前の夫と家事を手伝う約束を果たしていないという理由で離婚しているだけに、同じ理由で安兵衛とも別れてしまっては、進歩がないと思います。ともさかが語るようにもう少し、背負っている子どもや仕事について、頼りにしてきた安兵衛と話し合う素直さがあってもいいんじゃないと思いました。
スクリーンに映し出される当初のひろ子の毎日を見ていると、シングルマザーの人が、だんなさんより奥さんがほしい気持ちになってくる気持ちがよく分かります。だからこそ、一人で抱えないで、愛する人であるのなら、何が大切なのか生活のプライオリーを語り合ってほしいものです。

 だから本作で不満なところは、家事の負担について大喧嘩するところまで揉めるのに、なぁなぁで寄りを戻してしまうところです。子は鎹というけれど、いくら友也のピンチを安兵衛が救ったからといって、現実に家事の負担をどうするのか、どちらが仕事を引いて家事に当たるのか、ホントだったら待ったなしで協議しなくちゃ済まなくなることでしょう。

 それにしても、侍が居候した結果、主夫になってしまうとは、何とも皮肉な設定ですね。「恩返しとして」と思わず告げた安兵衛に、「あんた恩義のために嫌々家事をやってきたの」と噛みつくひろ子の気持ちが、なかなか意味深です。
 そんな紐のように暮らす男が、現代の女性にも魅力的に映るのかどうか微妙でしょうけれど、現代ではなかなか見かけない誠実さが安兵衛にはありますし、約束をきちんと守るなどのベーシックな男気が見える人は、男が見ても素敵だなとは思います。子供の悪ふざけにもぴしっと、親のいうことを聞きなさいと叱る筋の通し方が、いいのです。現在の親は、子供甘やかし過ぎているのは、安兵衛ならずとも明白です。その言い訳として、ひろ子がいうには、子供を叱るのにもエルネルギーがいるからというものでした。
 礼儀を重んじる安兵衛の姿は、ちょっと子育てにも考えさせられることでしょう。

 肝心のパテシエとして成功するところも、かなり強引。登場してすぐ、テレビの料理番組を見ているだけで、もう才能を発揮してしまうのです。ほかのグルメな作品と比べて、調理のシーンは少なめ、美味しさを感じさせてくれません。
 但しお菓子コンテストの決勝シーンは、出場者がそれぞれケーキで精緻にお城を作り挙げた作品は、見応えありました。

 以上つらつらと述べましたが、ほのぼのとした暖かみのある家族ドラマで、後味はいいのですすが、今ひとつ何か足りない気がします。もう少し安兵衛とひろ子の価値観の葛藤を掘り下げて欲しかったですね。個人的には、江戸時代に戻った安兵衛が、現代で学んだ価値観をどのように主張したのかも。
 中村監督も頑張っていますが、『やじきた道中 てれすこ』の平山秀幸監督ほうが、もっと面白い作品になった気がします。

 また作品の舞台は巣鴨で、安兵衛のワープにお地蔵さまが絡んでいるのはいいのですが、劇中ではラストである野暮なお節介を働いてしまうのですね。でも本物の地蔵は、あんなお節介は、絶対しませんのであしからず。

流山の小地蔵