「第一次世界大戦前の帝政末期、革命前夜ドイツを象徴的に描く」白いリボン 徒然草枕さんの映画レビュー(感想・評価)
第一次世界大戦前の帝政末期、革命前夜ドイツを象徴的に描く
1 テーマ
映画の冒頭、語り手の教師が「あの奇妙な出来事こそが当時の我が国そのものなのだ」と、作品のテーマを提示する。
「我が国」とは、プロイセンを中心とする22の領邦国家と3自由市によって構成される連邦国家、ドイツ帝国のこと、年代は1913年で第一次世界大戦の直前である。
ドイツ帝国は国家統一の遅れにより工業化で英仏に大きな差をつけられていたが、プロイセンがフランスに勝利して1871年に帝国を成立させて以来、急速に工業開発等を進め、この頃には世界でトップクラスの経済力を獲得し、人口も大きく膨らんだ。
経済成長を享受しながらも帝政に対する不満はくすぶり、最終的には第一次大戦の戦況悪化の中で1918年のドイツ革命による帝政廃止、ワイマール共和政につながっていく。1913年とはひと言でいえば、帝政末期から革命に続いていく激動の時代だ。
このドイツ近代史の激動期を、同国の架空の村で起こる複数の事件を通じて描くことが作品のテーマである。
2 村の登場人物の意味するもの
主要な登場人物は、男爵、家令、小作人、医師、牧師、教師及び彼らの家族だが、彼らは当時のドイツ社会のさまざまな階級を象徴している。
具体的には男爵や家令は封建貴族、小作人は農民、牧師は僧侶、医師、教師はインテリを表す。
男爵は夫人と諍いが絶えない。欧州を支配し、諸国を切り分けて支配していた貴族階級も末期症状なのである。
小作人は男爵に不満を募らせており、貴族階級の支配体制は揺るぎつつある。
牧師はもはや人を導く力はなく、自分の子供にさえ背かれている。宗教界の弱体ぶりを示しているのだろう。
医師は倫理的に腐敗しきっており、教師は時代の流れになすすべもなく後追いするだけ。
最後に、牧師の娘クララをリーダーとする子供たちは現体制に不満を持ち、やがて革命を担う新世代である。
そして一歩足を踏み込めば、封建貴族も宗教界も知識人も農民もすべて内紛を抱えており、これらの隙をついて革命グループが陰謀を企て、社会不安を醸成していく…それが映画の描きたかったドイツ激動期の雰囲気なのだろう。
3 拭えない書割感
映像は美しいモノクロで当時の日常生活を豊かな質感で描いており、観客を惹きつける力がある。
しかし、入れ替わり現れる登場人物と次々に発生する奇妙な出来事に振り回され、何が何だか分からないままラストを迎える、といった感じで終わる。
よく分からないのでもう一度見直すと、上のような登場人物の役割が何となく伝わってくるのだが、いかんせん肝心のキャラクターたちに魅力が乏しいし、「出来事」も何故、どのように発生したのか説明もないまま、最後までもやもやと納得できない形で投げ出されるだけなのである。
そこで、登場人物たちに象徴の割振りをしてはじめて映画の意図が納得できる。ということは、頭の中で拵えた書割から脱していないのではないか、という気がする。
また、ほとんど何一つ明るさのない内容なのだが、ドイツ経済が拡大して生活が向上するという希望や、欧州列強に伍した喜びがまったく描かれていないのは何故なのか。逆にドイツ革命の予兆に明るさが見えないのは何故か。これは日本でいう自虐史観と同類なのかもしれないと思わされた。