「貧者の野球理論で旋風を巻き起こした野球チームの一場の夢」マネーボール 徒然草枕さんの映画レビュー(感想・評価)
貧者の野球理論で旋風を巻き起こした野球チームの一場の夢
1 映画の背景
野球の本場・米国メジャーリーグで、貧乏球団のオークランド・アスレチックスは2000年代初頭、ヤンキースなど金満球団をよそに勝ちまくって旋風を巻き起こした。この実話を基にした、痛快なスポーツ成功譚が本作である。
チーム編成を行うのはGMだが、いい選手を集めるには巨額のカネがかかる。いかんせん、このチームにはカネがない。どうすればいいか?そこで導入したのが「セイバーメトリクス」と呼ばれる野球に統計学を導入した方法論だった。
野球選手は野手なら打って点を取ること、投手なら投げて点を取られないことが評価の基本になるが、それをデータ化したさまざまな評価の尺度が年俸の上下を決定していく。例えば本塁打数、打率、打点、勝利数、防御率等々。
ところがアスレチックスは当時、さほど重視されていなかった出塁率、長打率、与四球率の低さ等を重視することとし、打点や盗塁、防御率、勝利数などの評価を軽くすることにした。根拠にあるのが統計データである。
他球団が重視する尺度Aとは違う尺度Bで評価すると、Aによっては低評価の選手もBによって高評価となり得る。したがって貧乏球団でも低年俸で優秀な選手を集められるということになる。要は埋もれている才能を発掘して、活躍させるという「貧者の野球理論」がアスレチックスの方法論だった。
2 作品の面白さ
この方法論で、他球団からお払い箱になった選手を獲得する過程が面白い。選手宅に突然押しかけ、予想外の契約をオファーすると、野球人生を諦めていた選手は家族と抱擁し合って喜ぶ。アンダースローの投手は、「メジャーで投げる機会を与えて貰って大変な名誉」と感激する。この選手集めの面白さが一つ。
それ以前に、他チームにトレード交渉に出かけたGMは、選手ではなく、この方法論を教えてくれた他の球団職員を獲得してくるというのも愉快だ。
次に面白いのが、チーム内での古い方法論者たちとの対立である。20~30年のキャリアを持つスカウトは「俺たちの仕事を無視するのか。ふぁっくゆー」とGMを罵倒し、即座にクビになるw
監督も「一般的にはボロい」選手を起用せず、「一般的にはそれよりマシな」選手ばかり使って負け続ける。しょうがないからGMはそのマシな選手をトレードで出して、無理やりボロい選手を起用させるように仕向ける。すると途端に連勝街道を突っ走り始め、20連勝という球史に残る成績を残すのである。
このトレード戦略がかなり巧妙で、欲しい選手を獲るために、その選手を欲しがっているチームに同ポジションの自チーム選手を押し付けて、前記選手にお呼びが掛からないようにした上で、おもむろに買い叩くのが笑える。
映画のハイライトがこの20連勝で、結局、ワールドシリーズどころかリーグ優勝も出来ないで終わるのが、ややシュンとしてしまうところか。
3 成功の夢の後…
アスレチックスの方法論の弱点は短期決戦に弱いところにあり、レギュラーシーズンでは勝利数が多いものの、ポストシーズンではからっきし。だからこの時期は地区優勝どまりで、リーグ優勝、ワールドシリーズにはとんと無縁という状態にとどまった。
また、貧者の野球理論は金満球団が同じことを始めた途端、通用しなくなってしまう。他球団が見向きもしなかった選手だから安かったのに、その選手に金満球団が目をつけて、年俸が上がったら貧者には手が出せなくなるからだ。
その実例がレッドソックスで、貧者の野球理論を使った金満球団はベーブの呪いを解き、2004年のワールドシリーズ・チャンピオンになった。
成績不振に陥ったアスレチックスは、2010年代には従来軽視していたバントや盗塁を重視した補強を行うなど、方法論にも修正が加えられているようだ。
2023年には全30球団中、最低勝率に止まり、2年後にはラスベガスへの移転がほぼ決まっている。
この映画は2012年のアカデミー賞で6部門に、ゴールデングローブ賞で4部門にノミネートされたが、何一つ賞は獲れなかった。アスレチックスがワールドシリーズで勝てていたら、結果は違っていただろう。残念ながら一場の夢だったのである。