劇場公開日 2010年6月12日

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クレイジー・ハート : 特集

2010年5月24日更新

「フィッシャー・キング」「ビッグ・リボウスキ」のジェフ・ブリッジスが、ついにアカデミー主演男優賞を受賞! 才能がありながらも落ちぶれてしまったシンガーソングライターが、女性記者と出会って再び希望を取り戻す感動のドラマ「クレイジー・ハート」が、いよいよ6月12日より待望の日本公開となる。今回は、観る者の心を揺さぶり、勇気を与えられること必至なこの話題作の魅力を紹介。加えてeiga.com映画評論コーナーでもおなじみの評論家3名によるクロスレビューを実施。さまざまな角度から「クレイジー・ハート」を掘り下げてみよう。

落ちぶれたミュージシャンの“愛”と“再生”の物語…その魅力を掘り下げる

人生の再生を感動的に描き、全米の観客に希望を与えた一作
人生の再生を感動的に描き、全米の観客に希望を与えた一作
 今では1日に途方もない距離を移動してのドサ回りの途上にある“伝説のシンガーソングライター”、バッド・ブレイク自ら運転する自動車が、ようやくその夜にライブを行うコロラドの小さな町にたどり着く。だけど彼の目前にあるのは、コンサートホールやライブハウスではなく、さびれた印象のボーリング場。チクショウ、こんな所でオレに歌わせるなんて……などと毒つくバッド。何の変哲もないかのような導入部だが、僕らはスクリーンを見つめながら早くも快心の笑みを漏らす。本作のバッド役で念願のアカデミー主演男優賞に輝いたジェフ・ブリッジスは、10年以上も前のコーエン兄弟による映画「ビッグ・リボウスキ」で破天荒なボーリング狂を演じていたのだ……。

 単なる偶然かもしれない。だけど本作でのブリッジスの演技が感動的なのは、1970年代から活躍を続ける俳優としての彼自身のキャリアがバッドのキャラクターに年輪のごとく刻みこまれているからだ。そう、バッドはブリッジスその人の分身である。むろんミュージシャンとしての卓越した腕前も含め!

 タフさと脆弱さ、豪快さと繊細さ……そんな矛盾する両極の要素の間を揺れ動き、ついには見事に調和させる主人公の姿に、僕らはジェフ・ブリッジスならではの新境地を目撃する。
  恋愛映画の定型である愛すべき「(オールド)ボーイ・ミーツ・ガール」の物語である。男はかつての伝説的シンガー、今では落ち目で安酒場(ホンキートンク)をドサ回りする酔いどれカントリーシンガー。女は地方紙の音楽ライターで、4歳のひとり息子を抱えるシングルマザー。ありふれた男女の設定だが、テキサスやニューメキシコの荒野に響きわたる歌が2人のロマンスを劇化する。傷つきすぎた男にしか歌えない、心にしみるカントリーソングだ。

 ジェフ・ブリッジスの奇跡的な歌声(アカデミー主題歌賞受賞)を引き出した音楽プロデューサーは、米グラミー最優秀アルバム賞受賞の「オー・ブラザー!」(全米売上700万枚)や、伝説的歌手ジョニー・キャッシュの伝記映画「ウォーク・ザ・ライン/君につづく道」で知られる米ルーツミュージック界の第一人者T=ボーン・バーネット。とにかく音楽がいい映画で、その2枚をしのぐ極上の出来映えだ。コリン・ファレルら俳優たちが実際に口パクなしで歌っており、この感動的な物語をグッとくる音楽で盛り上げている。
 「不器用ですから」と言ったのは高倉健だが、この男、バッド・ブレイクからもそんなつぶやきが聞こえてきそうだ。酒浸りでどうしようもなくダメなおっさんになり果てていても、カントリー・ミュージシャンとしての矜恃だけは捨てない男。鬼気迫る哀愁が張りついたこのキャラクターを、ジェフ・ブリッジスが「生きて」いる! 古びたアメリカの風景にその生きざまと魂の歌声が密接に絡み合い、しみじみとした味わいで魅了してくれる。

 このバッドが恋によって少しずつ変わっていくのだが、相手のマギー・ギレンホールがまたすこぶるうまい。こんな小汚いおっさんとまだ若いシングルマザーが惹かれ合うフィーリングにも現実味がたっぷり。意外なことに、恋するバッドは素直そのものなのである。

 しかし彼の人生で、恋にも負けず素敵に見えるのが、男の友情だ。昔は弟子だった人気歌手(コリン・ファレル!)の仁義ある敬愛。「テンダー・マーシー」でやはり落ちぶれたカントリー歌手を演じたロバート・デュバルとの、何気ない会話にもしびれた。

 人生、捨てたもんじゃない。こんなふうにもがきながら、必死で人生に向き合おうとする人間が、愛おしくならないはずがないのだ。

■美しい旋律とひとりの男の生きざまが魂を震わせる

人生の底を見た主人公が、恋人や家族からの愛や理解を得て、やがて日の当たる場所へと飛び出していく──古くはシルベスター・スタローンの「ロッキー」シリーズ、そして最近ではミッキー・ロークの「レスラー」と、私たちはこうした「人生への再チャレンジ」の物語が大好きだ。

入魂の演技でついにオスカー像を獲得したブリッジス
入魂の演技でついにオスカー像を獲得したブリッジス

全米公開以来、数々の映画賞を席巻、そして先のアカデミー賞では、ついに主演男優賞(ジェフ・ブリッジス)と主題歌賞(「The Weary Kind」T=ボーン・バーネット/ライアン・ビンガム)に輝いた「クレイジー・ハート」もまた、この「人生の再生」に挑む男の物語だ。ブリッジス演じる主人公、バッド・ブレイクは、かつて一世を風靡しながらも、結婚生活に幾度となく失敗して酒に浸り、今やギターを片手に地方を転々とするドサ回りのシンガーソングライター。そんな彼が、シングルマザーでもある地方紙の女性記者ジーンと心を通わせていくことで、新たな曲とともに再び人生に歩み出そうとする姿が描かれていく。

上手くいかない人生への苛立ちや、「まだやれる」という自分への想い。再び立ち上がろうとするバッドと、彼を支えつつも、仕事と息子に誠実に向き合っていこうとするジーンに、観客は自分自身の想いを知らず知らず重ねていくに違いない。そして味わい深くい感動を呼ぶラストシーンでは、美しく響く旋律が、私たちの魂を揺さぶるのだ。

■あの名優がついにオスカーを受賞!役柄と俳優が一致した奇跡

アカデミー賞のアフターパーティで喜びを分かち合う ブリッジス(右)と主題歌のビンガム(左)、バーネット(中)
アカデミー賞のアフターパーティで喜びを分かち合う ブリッジス(右)と主題歌のビンガム(左)、バーネット(中)

「ラスト・ショー」(71)、「サンダーボルト」(74)、「スターマン/愛・宇宙はるかに」(84)、「ザ・コンテンダー」(00)と過去4度もアカデミー賞にノミネートされ、名優と称されながらも、その栄誉に輝くことがなかったジェフ・ブリッジス。その彼が、自身を投影したかのような役柄でついにアカデミー主演男優賞受賞を果たした。自らギターを弾き、卓越した歌唱力で数々のナンバーを熱唱。人生の浮き沈みを見つめてきた男を演じるさまは、まさに渾身の演技といっても過言ではない。

その相手役ジーンには、「ダークナイト」のマギー・ギレンホール。ブリッジス本人が指名したというだけあって相性もピッタリ。ブリッジスに引けを取らない素晴らしい演技で、初のオスカー候補となった。また、バッドの親友役にロバート・デュバル、バッドが育てた若手シンガー、トミー役にコリン・ファレルもサプライズ出演と、脇を固めるキャスティングも豪華のひと言。なかでも愛憎渦巻くバッドとトミーの師弟愛は、同じ俳優としてファレルが抱くブリッジスに対する敬意にも重なり、一層バッド=ブリッジスとしての存在感を際立たせている。

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